27利用されてる? いいえ、されてません!
「――でもそれ、偽装ですよね?」
奏の言葉に、俊介は息を呑んだ。
なにしろ「偽装恋人」として生活することは、周囲には絶対秘密にしていたからだ。奏の様子を見るに、ハッタリを効かせてる様子はない。俊介はよほど「違いますよ」と言おうとしたが、出来なかった。奏の真剣な眼差しが、それを拒むのだ。
俊介の思考を読み取ったのか、奏はすっと口を開くと、
「この間、先輩達がブルーアップルに来た時。私、先輩達の話を偶然聞いちゃったです」
奏の言う「この間」とは、俊介が恋華に「妹ウオッチ」の報告をしていた時だ。
確かにあの時、恋華は帰り際に「自分と俊介は偽装恋人だ」と大きな声で言っていた。
でもまさか、それが聞かれていたとは……。
俊介が思考を巡らせていると、
「先輩」
気づくと奏は、すぐ目の前まで顔を近づけていた。
「な、なんでしょうか」
「本当のことを教えてください。瀬戸内先輩とは、本当は付き合っていないんですよね?」
ただでさえ大きな目をいっぱいに見開きながら、俊介を問い詰める奏。
もう、隠すのは無理だ……。
俊介は観念して、口を開いた。
「分かりました。最初から全てお話します。少し長くなるかもしれませんが、いいですか?」
「はい。かまわないです」
「……それでは」
俊介はゆっくりと話し始めた。
「まず僕と恋華さんの元々の関係ですが、これは単なるクラスメートでした。ある日の放課後、僕は恋華さんに屋上に呼び出されました。そこで、『偽装恋人になってください』と言われたんです。その理由は、恋華さんが男子からの告白に悩まされていて、僕はいわゆる『露払い』なわけです。僕も実はブラコンな妹達に悩まされていて、その申し出は渡りに船だったわけです。
以上の理由から、僕は恋華さんからの話を了承しました」
緋雨が起こした事件や、「お試し恋人」の件は伏せたが、問題はないだろう。
俊介は「偽装恋人」になる経緯を説明した。
全てを聞き終えた奏は、ゆっくりと口を開いて、
「……そんなの、おかしいです」
「えっ?」
俊介は思わず聞き返した。
「だって、そんなの完全に瀬戸内先輩の都合じゃないですか」
「それは……まあ」
「それに、本気で付き合ってる訳じゃないって、他の人たちにも失礼ですよね」
「失礼……というと?」
「瀬戸内先輩を好きな男子って、本当に沢山いるんですよ。遊び半分な人もいますけど、中には本気の人もいるはずです。そんな人たちに対して、偽装の恋人を仕立てて告白を断るのは、失礼じゃないんですか?」
「それは……確かに。でも、恋華さんだって沢山の告白を受けて苦労してるって話でしたし」
俊介がそう答えると、奏は静かに首を振って、
「ちがいます。先輩は、騙されてるんですよ」
「騙されてなんかいませんよ。僕と恋華さんは、お互いの利益のために契約を結んでいるんですよ。いわば、ギブアンドテイクってやつです」
「そうなんですか。じゃあお聞きしますけど」
「はい」
「井川先輩は、望むものを手に入れられたんですか? 妹さんは兄離れできたんですか? 私には、井川先輩が瀬戸内先輩に利用されて、振り回されてるようにしか見えないです」
「……」
俊介は、すぐに言葉を返せなかった。
あまりに奏の言うことは核心を突きすぎていて……。
「た、たしかに。恋華さんはああいう人ですから、僕はいつも振り回されています。でも、妹達のブラコンぶりも、これから少しずつ軟化していくと思いますし、恋華さんとも僕は信頼関係を結びつつあります。そんな風に言われるのは、ちょっと……」
「す、すみません!」
俊介の気分を害したと思ったのだろう、奏はブンと勢いよく頭を下げた。
「でも。私は先輩のことが心配なんです。見てられないんです」
「あ、ありがとうございます……」
奏は慈悲と博愛に満ちたまなざしを俊介に向けてきた。
完全に俊介がだまされてると思っているようだが。
「でも、仮に僕がだまされてるとしても。それは僕と恋華さんの問題じゃないですか?」
奏はじっと俊介を見つめて答える。
「……先輩は、私のことがお嫌いなんですか?」
「そっ、そんなことありませんよ!」
「私は井川先輩のこと、大好きですよ」
自分の意思を精一杯伝えるが如く、奏は俊介をまっすぐ見つめた。
思わず目をそらしたくなるほどに……。
俊介は考えた。本当に、恋華は自分のことをただ利用しているだけなのだろうか。確かに、起こった出来事だけみればそうなのかもしれない。時々、自分に本気で好意を寄せてるような態度を取る時があるが……それも全て、演技だったのだろうか?
1つ言えることは、恋華は嘘をついている。恋華と俊介は、遠い昔にどこかで会ったことがあるはずだ。よく知りもしないクラスメートに、「偽装恋人」案を持ちかけるなんて、普通はしない。
そう。恋華のことを、自分は何も知らないのだ。
過去も、思考も、そして自分への気持ちも。
「先輩」
「な、なんですか」
「そろそろ、お返事をいただけませんか?」
奏はずいっと俊介に詰め寄ると、
「私の告白を受け入れて、本当の恋人同士になるのか。それとも」
「それとも……?」
「瀬戸内先輩と、これからもずっと偽装の関係を続けるのか」
俊介は、びくっと肩をふるわせた。
「そっ、そんなこと急に言われても! それに、恋華さんと話し合いもせずに……」
「まだそんなことを言うんですか!」
煮え切らない俊介の態度を、奏は一喝して、
「……私だったら、先輩のこと、何だって受け入れるんですよ? 私の過去も、未来も……。全て、井川先輩にお渡しします」
「東条……さん」
「『奏』って、呼んでほしいです」
「奏さん……」
俊介に名を呼ばれ、奏は表情をほころばせた。
綺麗で、純粋無垢な瞳が俊介を捉えている。
「俊介先輩のためなら、私、何でもします。もう一度聞きますよ……私と、本当の恋人になってもらえますか?」
俊介は、鳥肌が立つのを感じていた。
本当の……。
本当の恋人?
確かに付き合うのならば、偽より本物の方がいいだろう。恋華との関係は、あくまで「偽装」なのだから。彼女も俊介から契約破棄されても、次の偽装恋人役を探すだけではないのか?
しかし……。
「か、奏さん。僕はっ」
そこまで言葉が出たとき。
俊介のポケットから音が鳴った。
どうやら、スマホが着信を受けているようだった。
「すみません、ちょっと失礼します」
「……はい」
奏に背を向け、スマホを取り出し、名前を確認する。
相手は、噂の恋華だった。
「恋華さん? なんですか、こんな時に……」
ぼやきつつ俊介は着信ボタンを押し、通話口に口を当てると、
「もしもし、恋華さん? 申し訳ないですけど、今取り込み中で……」
――そこまで言いかけた時だった。
俊介は驚愕に目を見開いた。
誰かに追われているように、数人の走る足音が聞こえる。
俊介の耳に聞こえているものは、もう1つある。緊迫した彼女の息遣いだ。
そして、やけにエコーのかかった声で、彼女はこう叫ぶのだった。
――俊介君、助けて!!




