26怒ってます? いいえ、怒ってません!
そして俊介と奏は、体育館裏まで来ていた。
体育館裏というと不良がたむろしているイメージが俊介にはあったが、そんなことはなかった。
2mほどの高さのフェンスと、体育館に囲まれた空間。
地面は雑草だらけ。
あとは物置や掃除用具入れ、業務用のダストボックスなどが所狭しと置かれているだけ……人気がないのも最もな話だった。
「すっ、すみませんっ、井川先輩! 突然お呼び立てしてっ!」
奏は深々と頭を下げた。
それもそのはず。
他の生徒はあらかた帰宅し、空は柿のような色に染まる夕方頃。そんな時間に欝々たる場所に呼び出したのだから、謝りたくもなろうはずだ。
しかし俊介は、お辞儀をしながら謝る奏に対し、
「いえ、いいんですよ。顔を上げてください?」
「……は、はい」
奏は、真っ赤になった顔を上げた。
それが興奮によるものか、はたまた夕焼けの色によるものかは分からないが。
「それより、大事なお話というのは何でしょうか? まだ用件を伺っていませんが」
「すっ、すみません!」
せっかく頭を上げさせたのに、また奏はお辞儀を再開してしまった。
その状態のまま、奏は申し訳なさそうに言う。
「私、いつも段取りが悪くて! 不快な思いをさせて申し訳ありませんですっ!」
と、なぜか奏は平謝りだ。
いたたまれず、無言で奏を見下ろす俊介。体育館からは、部活動に勤しむ生徒達の、活気付いた掛け声が聞こえてくる。俊介はすーっと息を吸うと、奏に優しく声をかけた。
「大丈夫ですよ。僕は全然怒ってませんから」
「ホントですか? 本当に怒ってないですか?」
「ええ。だから安心して、用件を話してください。相談なら聞きますから」
「……じゃあ」
奏は勢いよく頭を上げ、俊介をまっすぐ見つめると、
「井川先輩、好きです。私とお付き合いしてほしいですっ!」
と、申し出た。
それは、まぎれもない告白だった。
友達としてではない、後輩としてではない。「恋人」として、自分と付き合って欲しいと言われたのである。
「東条さん……でも、どうして僕と?」
「そ……それは」
と、奏はもじもじと体をくねらせ、
「鍵を探したり……プリントを持ったり……してくれたから」
「はい?」
俊介は呆れたように聞き返すと、
「そんなことで告白したんですか?」
探し物を見つけたり荷物運びを手伝うぐらいで告白するなら、何股しても体が足りないのではないか? そう思ったのだが……。
「……そんなこと、じゃないです。私にとっては、特別なことなんです……」
と、奏は強い意志を感じる口調でつぶやいた。そして、自らの過去を話す。
奏はそのドジな性格ゆえに、小学校からずっと周囲のサポートを受けながら生きていた。しかし中学に上がったあたりからは男子生徒からは下心ある目で見られ、女子生徒からは「ブリっ子をしてる」と陰口を囁かれていたのだ。
高校に上がってからも、また同じような生活が待っている。そう諦めていた時、俊介と出会ったのだ。
「そう、だったんですか……」
「井川先輩は、何も恩を着せることもなく、見返りを求めることもなく、軽蔑することもなく、ただそれが当たり前であるみたいに、私のことを助けてくれましたっ!」
「い、いえ。そんな大層なことでは……」
普段から人助けばかりしてる俊介だ。困ってる人を見過ごすのは寝覚めが悪いという、ただそれだけの理由だったのだが。
「で、でも駄目ですよ。僕はほら、恋華さんという彼女がいますから!」
「瀬戸内先輩、ですか……」
奏は眉をひそめながら呟いた。
俊介はその姿を見て心を痛めた。実際には普通の恋人ではなく「偽装恋人」なのだが。お互いの利益のために、協力し合う――という建前の元、こうして「恋人がいる」というポジションを利用しているのだ。
それでも、嘘をついて女の子からの告白を断るのは、罪悪感が生じる。
「というわけなんです」
俊介はとても凝視できずに、目線を横にそらしながら、
「本当にすみません。東条さんの告白は受けられません」
「先輩……」
横目でも、奏ががっくりと肩を落としているのが分かった。玩具を買ってもらえなかった子供のような。そんな単純なリアクションが、やけに悲しげに見えた、
「ごめんなさい。でも、あなたと付き合うのは恋華さんを裏切ることになりますから。東条さんだって、浮気をするような男の人は嫌でしょう?」
「確かに、そうですね」
俊介の問いかけに、奏は頷いてくれた。よかった。俊介が安堵したその時、奏は切りつけるように鋭く言葉を発した。
「――でもそれ、偽装ですよね?」




