23話す? いいえ、話しません!
そんなわけで、俊介と恋華は2人で観覧車に乗ることとなった。
直径45.5mの観覧車は、街全体を見渡せるため、この遊園地のシンボルだという。
辺りはもうすっかり暗くなっていて、観覧車を支える鉄塔がLEDの光によってライトアップされている。イルミネーションに照らされた観覧車は、まるで夜空に咲く満開の花のように見えた。カップルの利用率が多い理由も頷ける。
「観覧車なんて久しぶり。俊介君は?」
「僕もそうですよ」
恋華のたわいない問いかけに、俊介は答えた。
「ごめんね。今日は緋雨ちゃんの帰国祝いなのに。私だけ楽しんじゃって」
「いいんですよ。緋雨さんは無事兄離れ出来てるみたいですし」
スタッフの案内と共に、ガコンという音がして扉が閉まった。
そこから、空の散歩が始まる。
4名まで利用可能ということもあり、中はかなり広かった。俊介と恋華はとりあえず向かい合わせの席に座りながら、上昇する観覧車を楽しんだ。
「俊介君てさ。けっこうシスコンだよね。妹さん思いなのはいいことだけど、少しは疑うことも覚えた方がいいと思うよ」
「え? 何がですか?」
俊介が聞き返すが、恋華は答えない。
その間もゴンドラは動き続けて、地表が少しずつ遠ざかり始めていった。
恋華はその景色を眺めながらゆっくりと口を開く。
「緋雨ちゃんとはまだ、十分なコミュニケーションを取ってないんでしょ? それなのに『イイコ』って判断するのは、少し早いんじゃないかってこと」
「それって、本当は緋雨さんは更生してないって言いたいんですか?」
「さあ、どうだろうね。あっ、見て見て! いい景色!」
言葉始めと言葉尻で、恋華の機嫌はまるで違っていた。
恋華が見つめる先には、夜の風景が広がっていた。車のヘッドライト、ライトアップされたビル、明かりを灯したお店など。無数に広がる光というよりは、煌びやかな宝石を空にばらまいたような、そんな印象を与える。
「緋雨さんはもう2度と暴力は振るわないって約束してくれましたし、この前不良に絡まれた時も、何の手出しもしませんでしたよ。それでも、緋雨さんは心を入れ替えてないって言うんですか?」
「演技してる可能性もあるよね? まあ、俊介君が信用してるなら別にいいんだけどさ」
恋華は少し突き放すような言い方をした。
しかし、俊介からすれば釈然としない。緋雨が自分の前では良い子を演じて、裏では好き放題暴れまわってるというのか。そんなことは信じたくもなかった。
「あっ、見て! ワンちゃんワンちゃん! あっちにはネコちゃん! うわー、トリさんもいるよ! キャー! かわいー!」
「さっき、緋雨さんと話をしてましたよね? 何か言われたんですか?」
「そういうわけじゃないけど」
曖昧に否定しながらも恋華は、窓の外を見続ける。
「すごい、すごい! 川がキラキラ光ってキレー……おっ、カモさんだ! 面白いっ♪」
恋華は夜景を眺めながら、子供のようにはしゃいでいた。
その様子を、俊介はただじっと見つめている。もちろん、景色など目に入っていない。それどころでない。俊介は、緋雨は更生しているものと信じていた。それが偽り、嘘、欺きであるなどとすれば。明日から緋雨とどう向き合っていけばいいのか。
「お願いですから、教えてください。緋雨さんと何を話してたんですか? 何かされそうになったんですか?」
俊介は真摯に頼み込んだ。しかし、
「大丈夫だよ。心配しないで?」
恋華は振り向き、そして笑った。
俊介は思った。恋華は、いつも笑っているなと。
笑顔でない時など、あまり見たことがない。
……この笑顔に騙される。
はぐらかされ、いつも話をうやむやにされてきた。
「嫌です。誰にも話しませんから、教えてください」
「……女の子同士の話の内容を、そんなに聞きたいの? 俊介君のえっちぃ~」
「恋華さんって、いつもそうですね」
「俊介君?」
「大事なことを、僕には何も教えてくれない」
……俊介のいう「大事なこと」とは。
俊介にしてみれば、理屈で分からないことは全て不可解なのだ。
だから「偽装恋人」だの「お試し恋人」という大義名分があるならば、偽装の恋人役として、表面上の付き合いだけを全うしていればいい。「瀬戸内恋華」という人間に対し、ストレートな感情をぶつける必要などないはずだ。
それが「偽装」の意味ならば、何も苦しむことなどないのだが。
「あなたは、前に僕と出会ったことがあるんじゃないですか? どうにも、他人のような気がしない。だから僕を、『偽装恋人』役に選んだんじゃないんですか? 答えてください」
「……」
「恋華さん!」
恋華は答えずに、椅子から立ち上がった。
そしてそのまま俊介の前に顔を突き出し、キスをした。
重なる唇からは――信じられないほどの熱気が伝わってきて、俊介は思わず目を閉じた。
口の中に恋華の温かさが伝わり、柔らかな唇の感触を通じ、そして彼女のふんわりとした甘い匂いを感じていた。
「なっ、ななな、いきなり何をするんですかっ?」
恋華がようやく唇を離した時、俊介は言った。
「今は、周りに誰もいないんですよ? 僕たちの仲を見せ付ける必要はないはずです」
「……だって。言葉じゃうまく説明できないんだもん」
否。説明しようと思えば、いくらでも出来ただろう。
俊介が納得するような、理路整然とした言葉遣いで。
ただ100の言葉よりも、1つの行動でそれを示したかったのだ。
「大好きです」と。
それが出来るのは――〝恋人〟である自分だけなのだと。
「――つまりは、そういうことだよ」
「よく、分かりませんけど」
うわずった声で言う俊介の顔は真っ赤だった。
そう思いながら恋華がふと窓ガラスを見ると。
俊介に負けないくらい、自分も顔を赤くしてることに気づく。
「……本気、だったんですか?」
ぼそりと、低い声で俊介は尋ねる。恋華はそれには答えず、窓の外に視線を移した。いつの間にか、ゴンドラは頂上に差し掛かっていた。自分の住む街が凄く小さく感じ、まるで星星が煌いてるように感じた。
本気だよ――というのは、簡単だった。
しかしそれを言うことが出来ない、理不尽で、身を引き裂かれるような悲痛な思いを隠して、恋華は笑顔で言うのだった。
「さあ……。それは俊介君が、自分で考えて?」
――その後2人は、会話を交わすことはなかった。
さっきはあれほど小さく見えた外の風景が、今度は大きく見える。ゴンドラは、緩やかに下降を続けている。
もう、空の散歩も終わりだ。
観覧車は元の乗り場まで着いた。俊介らは10分ぶりに地面へと降り立つ。夜の少し凍える風が、体に吹き渡る。
「お帰りなさいまし、兄君。恋華どの」
乗り場に降りると、すぐさま緋雨が迎えてくれた。
恋華が答える。
「ごめんね。今日はお兄ちゃんのこと、私が独占しちゃって」
それは皮肉のつもりではなく本心からだった。
緋雨が100%更生していないことは、もう恋華にもよく分かっていた。しかし、それでも俊介に対する思いだけは本物だと認めざるを得なかった。
そう。彼女の愛は、重すぎるくらいに本物だった。
「……いえいえ。ようございまする」
緋雨はゆっくりと恋華に向き直ると言った。
口角を上げ笑みを浮かべて。しかし虚空な瞳で、まるで人形のように無機質な表情で。彼女は言うのであった。
「瀬戸内恋華どの。兄君のこと、よろしくお願いいたしますね。死がふたりを分かつまで。末永く……お幸せに」




