22負ける? いいえ、負けません!
恋華と緋雨の間には、重苦しい沈黙が流れていた。
人目のつかない場所を選んだのは正解だっただろうか。美少女2人が、凍えるような冷たい視線を交錯させる……それもまた、喧嘩とは別の意味で注目を集めていただろう。
先に口を開いたのは、緋雨の方だった。
「殺そうとした? 恋華どの。何か勘違いをされているのでは?」
「うん、勘違いだったらゴメンね? でも、そうじゃないんでしょ?」
「ご無体な。そのようなこと、考えてもおりませぬ」
緋雨は心外だとばかりに首を振る。
その様子は、どこからどう見ても無罪人のそれだった。
「じゃあ。さっき私が背中向けてた時、何しようとしたの?」
「…………」
緋雨は答えず、無言で恋華を見つめていた。
「首を絞めようとしたんでしょ? 周りに人がいないから、これ幸いとばかりに。俊介君が見てないからって後ろから襲うなんて、凄く卑怯だよね?」
恋華は、厳しく緋雨の行動を糾弾した。
緋雨にとっては耳が痛い指摘だと知りながらだ。
今まで恋華は、俊介の妹達と激しくバトルしてきた。料理対決をしたり、知識勝負をしたり、腕相撲をしたり、しりとりをしたり。しかし、それはお互いに信念をかけての勝負だった。もちろん、お互い相手に危害を加えたりは1度もない。
だが――緋雨は違う。
目の前で無実を主張している彼女は、明らかに敵に対し暴力をふるっているのだ。
「ねえ。どうしてそんなことするの? 私が、俊介君を取っちゃったから?」
「……!」
恋華の問いに、ようやく緋雨はゆっくりと口を開いた。
「あなたが悪いのですよ、恋華どの。わたくしめの兄君に接触し、強引に奪い去った。兄君は、わたくしめだけの兄君なのです。それを奪おうとするものは、全て消します。抹殺します」
「バッカみたい」
恋華は吐き捨てるように言った。
「俊介君のことを思うことは緋雨ちゃんの自由だけど、だからって恋敵に乱暴なことする? そんなことして、俊介君が喜ぶとでも思う?」
「あなたには関係ありませぬ」
「俊介君が緋雨ちゃんの本性知ったら、きっと幻滅するだろうね」
「仮にそうであったとしても、わたくしめのことしか目に入らぬようにするだけです。結果は変わりませぬ」
「ほんとに頑固だね、緋雨ちゃんって」
恋華は憐憫の情を込めて言った。
「でもね――私は、緋雨ちゃんなんかには絶対負けないから」
「は?」
人とは思えないほど冷たい声が、緋雨から発せられた。
目の前にいる人物は、先ほどまでとは違う。明るく元気でお調子もので。そんな瀬戸内恋華は、もうどこにもいない。
「私はね。あなたよりもずっと前に、俊介君と出会っているの。もちろん年月だけじゃない。俊介君に対する思い、愛も、緋雨ちゃんなんかよりずっと上」
「死にたいのですか?」
「死にたくないよ」
恋華は緋雨の顔をじっと見つめて言った。
「私は、あなたみたいに『殺す』なんて言葉は使わない。その上で、俊介君は絶対に渡さない」
「……ほう。左様ですか」
緋雨は、一歩踏み出した。
そして、ゆっくりと両手を前に出し、恋華の首元へと伸ばした。この状況でも、恋華は顔色1つ変えない。緋雨は、そんな恋華の首に手を掛けようとした時――
「おーい! 恋華さん! 緋雨さーん!」
俊介が、缶ジュースを3本持って走ってきた。
声を聞き、すぐに緋雨は手を下ろした。その動作は自然で、遠目ではまず殺意がないように見えるだろう。
そうこうしてる内に、息を切らしながら俊介が駆け寄る。
「探しましたよ! 待っててくださいって言ったじゃないですか!」
汗をかきながら、俊介は2人に非難の声を上げた。
「ホントごめん! いや~、暑かったから少しでも日陰に移動したくってね。涼んだらすぐ戻ろうって話だったんだけど、世間話が思いのほか弾んじゃってさ! ね? 緋雨ちゃん?」
「え、ええ……そうですな」
「そうだったんですか?」
何だかギクシャクした空気が流れてるような気がするが。
2人がそう言うのだ。
そこまで走り回ったわけではないため、俊介はそれでよしとすることにした。
「――というか、僕お邪魔でしたか? 何か相当話し込んでたみたいですけど」
「う、ううううん。そ、そそそそそそんなことないよ?」
「思い切りどもってるじゃないですか。本当にそう思ってますか?」
「オモッテル」
「何で片言なんですか!」
俊介がそう突っ込むと、恋華は噴出しながら笑った。
「でも、本当にそう思ってるから。まさにドンピシャリのグッドタイミングだったよ。もうあそこしかないって感じだね。さすが俊介君! いや~、持つべきものは頼りになる彼氏だね~。惚れ直したよっ!」
「そ、そうですか? よく分かりませんけど」
急に持ち上げられまくって、俊介は首を傾げた。
続いて空を見る。日が大分傾いているのに気づいた。
「それじゃあ、次で最後ですかね。どこに行きたいです?」
「わたくしめは……「観覧車!」」
答えようとした緋雨を遮り、恋華が口を開いた。
「ごめん、緋雨ちゃん。最後に、私と俊介君で観覧車に乗っていいかな? 少しの間退屈するかもしれないけど。私、どうしても俊介君と一緒に乗りたいの」
「え、ええ。ようございまするが……」
緋雨は、引きつった笑顔で答えた。
もちろん、そう答えるしかないのは計算ずくだ。
「それじゃあ、いこっか。俊介君」
「あっ、ちょっと! 恋華さん!?」
叫ぶ俊介の手を引いて、恋華はグイグイと歩き出した。




