20殺す? いいえ、殺しません!
そのあとで。
3人は園内のベンチで休憩していると、緋雨がこんなことを口にした。
「それにしても。喉が渇きましたな」
「あっ、すいません気づかなくて。僕ちょっと、飲み物でも買ってきますよ」
俊介はしまったとばかりに立ち上がると、少し離れた自販機に向かって歩き出した。すると、おもむろに緋雨は口を開いた。
「恋華どの。これでようやく2人きりになれましたな」
うん、そうだね、と恋華は答える。
緋雨なら、むしろ俊介のために率先してお使いを買って出るはずだ。わざわざ俊介に買いにいかせたということは、自分と2人きりになりたかったに違いない。そう読んでいた。
「私もちょうど、緋雨ちゃんとお話がしたかったところだよ」
「そう仰って頂けるのは、感激の極みにございまする」
「でも早くしないと、俊介君戻ってきちゃうよ? ジュースを持ってね。私達、いつも1つのコップにストロー刺して『カップル飲み』してるんだ~♪」
「……なんですと!! それは真ですか!」
と、緋雨は急に立ち上がるなり、怒号を発した。
その瞬間、周りの客達が「喧嘩か?」と立ち止まっていく。
自分でも不用意に目立ちすぎたことに気づいたらしい、辺りを見渡すと慌てて緋雨は、
「も、申し訳ありませぬ。つい、わたくしめとしたことが……。ここでは目立ちすぎますから、そこの木陰でお話の続きをお願い出来ませぬか?」
と、場所の変更を申し出てきた。
そこは緑の葉が生い茂る木々に囲まれた、休憩所の外れだった。周囲には誰もいない。日陰だから落ち着いて話もしやすそうだ。なので、「うん、いいよ」と恋華は頷く。
かくして、緋雨と恋華は、一際大きな巨木の下まで移動したのだった。
「うーん! 気持ちいい風だなあ! 今日は久しぶりに俊介君とデートも出来たし、言うことない1日だよ♪」
そう言うと恋華は胸をのけぞらせ、両腕を大きく広げて、吹き渡る清風をその身に受けていた。先ほどのプールで濡れた藍色の髪が、柳のようにふわふわと空中をそよいでいる。
「久しぶり? いつもしているのではないのですか?」
「色々と事情があってね~! 俊介君とはあまりイチャイチャできないの!」
「……はあ……」
恋華が言っている事情というのは「偽装恋人」、そして「お試し恋人」のことだが、緋雨にそんなことまで分かるはずがなかった。
「ですが今日は、大層俊介兄君に甘えていらっしゃったではないですか」
「そりゃあ、そうだよ! だって、」
と、恋華は腰に手を当て、胸を張ると、
「私と俊介君は、将来を誓い合った仲だもん!」
「将来?」
「うーんと昔の話だけどね。私、俊介君に『将来私をお嫁さんにして』って言ったことがあるの。俊介君は『いいですよ』って言ったわ。小さい頃とはいえ約束は約束じゃん。だから、私と俊介君は結婚するの!」
「ははは。それはそれは微笑ましいですな」
「えへへ。でしょお~」
――死ねばいいのに。
緋雨は、聞こえないようごくごく小さい声で呟いた。
事実、当の恋華は全く気づいていないようで浮かれている。
郷田という男から、恋華についての情報はある程度聞き出していた。学園の有名人にして、アイドル。これほどの強敵は他にいないだろう。緋雨としても、ちょっと話しただけで恋華という人間にはただならぬ魅力を感じ始めている。
その時、かなり微弱だった風が突然強さを増した。
「う、うわわ」
ボサボサっと崩れそうになる髪を、恋華はあわてて押さえた。しかし風が強いためか、中々重力に逆らう髪は言うことを聞かない。
――好機。
緋雨は心の中で呟いていた。
俊介も通行人もおらず、標的は後ろを向いて頭を押さえている。
試しに一歩踏み出してみる。
さらに大きく、もう一歩。
ついには恋華の真後ろを取ったので、背後からゆっくりと恋華の白い首筋に手を伸ばそうと――
「駄目だよ、緋雨ちゃん」
冷たく、冷静に恋華は声を発した。
その静かな迫力に緋雨は思わず手を引っ込めると、恋華は後ろを振り返り、無表情でこう言った。
「私のこと、今殺そうとしてたでしょ? そうはいかないんだからね」




