19怖い? いいえ、怖くありません!
そういうわけで、俊介らはプール場へと入った。
頂上から巨大なホースがニョロニョロと突き出すウォータースライダーは、下から見るとまるで蛇がとぐろを巻いているようだった。
なるほど。上の台から落ち、チューブを通って最後は滑り台式に流されるのか。
俊介が考えながら見つめていると、チューブの先から、
「きゃああああああ! 落ちるーーーっ!」
ドボン、と二組の男女が悲鳴を上げながらプールに吐き出された。
どうやらカップルらしい、キラキラと輝くような水しぶきを受けながら、2人は輝くような笑みを浮かべ合っている。
「すっごーい! あんな高い所から滑り落ちたら、気持ちよさそうだなあ」
「それならば、兄君と恋華どので行ってくるとよいでしょう。わたくしめはちと、高いところは苦手でして」
カップルの様子を見て、恋華は「期待」、緋雨は「恐怖」を感じたようだった。実は俊介も、高い場所はそれほど得意ではないのだが。
恋華は俊介の腕を引いて、歩き出した。
「さあ。いこっ、俊介君」
「ぼ、僕はやっぱり……恋華さん1人で」
「何言ってるの。1人でやったって楽しくないでしょ」
恋華はぷくーっと頬を膨らませる。
その顔を見て、俊介は苦笑しながら言った。
「恋華さんには敵いませんね。どうせ何を言っても行くんでしょう?」
「わかってるじゃん。さっすが、私の恋人だね♪」
そうこうしてる内に、ウォータースライダーへと続く階段にたどり着いた。
――ああ、ここから上がるのか。
俊介は思った。正面からでは気づかなかったが、ホースの真後ろが階段になっている。それもかなり急な。
その急な階段を登りきると、女性のスタッフに案内された。俊介がまずチューブの入り口に座ると、そのすぐ後ろに恋華が座る。ウォータースライダーは初めてだったが、こんなに水の流れが猛烈だとは思わなかった。「どうせバカップルの遊びだし」と舐めていたことを早くも後悔する。
同じ不安があったようで、恋華は俊介の腰にそっと腕を回した。
そして密着する体。俊介は一瞬ドキリとしたが、すぐに恋華の異変に気づく。
手が……震えている?
確かに、先頭は怖い。しかし、後ろもまた怖いのだ。何せ前方がほとんど見えないので、文字通り流されるだけなのだ。流れてくる水の量から、もの凄いスピードで落ちることは容易に想像がつく。抱きつきたくなる気持ちも分かるというものだ。
だから俊介は、体を預けてくる恋華に向けて、そっと囁いた。
「……しっかり、つかまっていてくださいね?」
「……うん」
と、恋華がか細く返事をしたところで、女性スタッフから声をかけられた。
「それでは、行ってらっしゃいませ~~!」
背中を押され、体が浮き、一瞬ではあるが地面が消える。
そしてついに、体が前方へと投げ出された。
恋華はというと、
「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃっっっ! しゅぅぅーんすけくううううんんんんっっ! しぬっ! しぬしぬー!」
「し、死にませんて! こんなので!」
俊介は叫ぶが、水が入ってきたので慌てて口を閉じる。しかし、恋華の気持ちも分かる――これは、とんでもない。流れが急に早くなったり、上から水が落ちたり、ぐるぐると螺旋状になったり、楽しむどころではない。
恋華は俊介の背中に胸を押し付け、悲鳴をあげた。
「溺れ死ぬ! 溺れ死ぬようっ!」
水の流れもあり、胸の感触がより強く伝わってきた。
「だ、大丈夫ですって! 目を閉じてれば一瞬ですから!」
俊介がフォローをすると、恋華は「イヤンイヤン」と首を振って、
「それはやあああん! せっかく、俊介君と来てるのにいいい」
「だったら、怖がらないでください! せっかくのデートでしょうが!」
俊介がそう叫ぶと、恋華は「はぅう~……」と声を漏らした。
「俊介君は、楽しんでるの!?」
「ええ! それなりにね!」
俊介がそう答えると、それまで恐怖に引きつっていた恋華の顔に、笑顔が戻った。
「…………えへへ♪」
恋華は小さく笑うと、俊介の肩に頭を寄りかからせた。下腹部は完全に密着し、まるで二人羽織のようにピッタリと重なっている。
「ちょっ、ちょっと恋華さん! そこまでくっつく必要ないでしょう!」
「だあって~。だってだって、怖いんだもーん♪」
恋華がへらへらと笑う。そのたびに、俊介の背中に当たる体が呼吸で上下する。流れる水のスピード、魅惑の胸、正に天国と地獄である。
「れ、恋華さん! いいかげんに――」
俊介が怒鳴るのとほぼ同時に、2人は乱暴に水中へと投げ出された。
バチャバチャと水をかきわけ、顔を出す俊介。
「恋華さん! 悪ノリしすぎですよ!」
と、いつものようにツッコミを入れるが、肝心の恋華はいつまで経っても水面から出てこない。
「恋華さん! また、そうやって……」
ふざけないでください。そう言おうとした時だった。
何秒経っても、恋華は浮かび上がってこない。
冗談やふざけ半分でこんなことはしないはずだ。
俊介が危機感を感じていた時。
「ぶはあー」
恋華は突然、モグラのように水の中から顔を出した。
「あはは、俊介君心配しすぎぃー。そんな血相変えちゃってー。な・ん・な・ら。人工呼吸でもするー? ほらほら~」
と、恋華はひょっとこのように唇をんーっと突き出している。さっきまであんなに怖がっていたというのに、現金なものだ。もうすっかりいつもの恋華に戻っている。
「ああ、はいはい。大事がなくて、何よりですね」
俊介は恋華の絡みを受け流しながら、横目に恋華の姿を見た。
水滴に濡れてつやつやとしたその健康的な肢体は、刺激的なほどセクシーである。
さらに、胸の谷間から水が流れていく様には――目が釘付けになってしまった。
「俊介君、楽しかったね!」
「え、ええ……。そうですね」
俊介がそう答えると、恋華はニッコリと満面の笑みを浮かべるのだった。




