18いません? いいえ、います!
「お待ち申しておりました。俊介兄君」
更衣室を出て、待合室に向かうと、すぐに緋雨を見つけた。
「やあ、お待たせしてすみません。早いんですね、緋雨さん」
遅れてきた俊介は謝罪した。
女の着替えは遅いものとばかりに考えていたので、自分より彼女達が早く着替え終わり、先に待ってるとは思わなかったのだ。――それも、真っ赤なワンピース姿で。
デザインは花柄で、水着というよりはパーティドレスに近い。
露出度は控えめながら、スカートパンツから見える太ももは、セクシーさと上品さを兼ね備えていた。胸元はハイネックタイプになっていてよく見えなかったが、小ぶりな胸をカバーし、それがまた落ち着いた女性といった印象を与えている。
「兄君をお待たせするなど、緋雨は慚愧に堪えませぬ。……ところで、兄君? わたくしめのこの姿容を御覧なって、何か仰せられることはございますまいか?」
「え? 何がですか?」
俊介は聞き返した。言い方が遠まわしすぎて、いまいち要領を得ない。
「で、で、ですから! わたくしめの、この姿容を見て……」
「要するに、似合ってるかどうか、ってことですか?」
「……兄君。その仰りようは少し鈍感すぎますぞ」
俊介は緋雨にジト目で睨まれた。
そんなこと言われても、と俊介は考える。
似合うことは似合うのだが、どう言えばいいのだろう。
「えーっと、よく似合ってると思いますよ。上品すぎず、セクシーすぎずで。僕はそういう水着は好きですね」
「『好き』……ですか。悪くはございませぬな。今すぐ恋華どのを振って、わたくしめに乗り換えたいという意思表示でございまするな?」
「なんでそうなるんですか……」
「戯言です。お気になさらぬよう」
「は、はあ。そうですか」
そう言いながらも、緋雨の目は全く笑っていなかったのだが。少なくとも、殺意に満ちたオーラは出していない。小学生の頃なんかは、俊介が女の子と少しでも話そうものなら、「去れ消えろ失せろ死ね」と叫びながら竹刀を持って追いかけていたものだ。
それに比べれば随分大人しくなったと言えるだろう。
「ところで、恋華さんは? まだ着替え終わってないんですか?」
「見ておりませぬ」
俊介の問いに、緋雨は答えた。
「わたくしめが出る頃には大体着替え終わっていたようなので、もうすぐ出てくる頃合かとは思いまするが」
「そう、ですか」
俊介が落胆したように答えると、そこで会話は途切れた。
その理由は簡単。本当は期待していたことを、緋雨に気づかれたくなかったからだ。
早く、恋華の水着姿を見たい。
……俊介がそう思っていた、その時だった。
「わっ!」
「えっ!?」
突然背後から大声をかけられ、俊介は足を滑らせ、床に転んでしまった。見ると、すぐ近くには自動販売機があり、恋華はそこに隠れて機を狙っていたらしい。俊介を驚かせる機を。
「あ、あはは。ごめんね、俊介君」
上から、気まずそうに笑う恋華の声が聞こえる。俊介は床にぶつけた腰をさすりながら、恋華の方を見上げて、
「なんですか恋華さん、急に! ビックリするじゃ、」
その先は、言葉にならなかった。
なぜなら俊介は、恋華の水着姿に見惚れていたからだ。
恋華が着ていたのは、白いツーピースタイプのビキニの水着だった。
肩から腰にかけてのラインが素晴らしく、メリハリのある体つきは、さすが「女子高生」といったところか。
太ももはスラリとしていて、三角ビキニのショーツがそれをさらに魅力的に引き立たせている。
胸の辺りは成長中、といったところだが、それはそれで清楚感を強調していた。
「あ……」
俊介は、間抜けな声を発していた。
興奮したわけでも、欲情したわけでもない。
ただ、恋華の水着姿が美しすぎて……。ミロのヴィーナスを初めて見た時の衝撃のように。強烈な美が、俊介の脳に直撃したのであった。
「――俊介君? ちょっと、俊介君!」
恋華の大声で、俊介は我に返った。
俊介は顔を横に向け視線をそらすと、
「あ、危ないじゃないですか。怪我したら、どうするんですか?」
「ごめんごめん! 俊介君をちょっと驚かせようと思って! でも、大分ビックリしてたね~。なんせ、尻餅ついちゃってたもん!」
「…………はい」
本当にビックリしたのは、そこではないのだが。
まあ、いい。そんなことより起き上がろう。
――っと、俊介が体を浮かそうとした時、
「はい、俊介君。つかまって?」
恋華が手を差し伸べていた。
俊介が見上げると、弾けるような笑顔がそこにあった。
胸がじんとしてくる。恋華の笑顔が素敵であればあるほど。本気になりそうで。
「ありがとうございます――と言いたいところですけど、悪いのもあなたですからね?」
「だからぁ~。謝ってるじゃないのよ~。俊介君も根に持つタイプだなあ」
本当は。
怒ってなどいなかった。
怒っているとしたら、それは自分に対してだ。
恋華とは本気で恋に落ちてはいけないし、それを気づかれてもいけない。
「……どうしたの? 俊介君。もしかして、腰でも痛めた?」
恋華が気遣わしげに声をかけてくる。
俊介は首を横に振った。
「そっか、よかった。じゃあ、早くいこっ。だって、私達……」
「恋華さん?」
「恋人、なんだから!」
恋華は明るく、元気に言った。その眩い笑顔が、俊介の心の曇りを晴らし。
――俊介は恋華の差し出す手を、しっかりと握り返した。




