14バレてない? いいえ、バレてます!
喫茶店で恋華と別れ、井川和姫は帰路についていた。
辺りは黒いインクを垂らしたように真っ暗だった。どうやら恋華と相当長く話し込んでいたらしい。
和姫は路地を歩いていた。通り過ぎる通行人と、行き交う車。
和姫は苦笑した。こんなにも長く熱弁を交わすとは。それも、思い人を奪おうとする恋敵相手と。
それにしても、恋華は何故あのような発言をしたのか。和姫は先ほどの会話を思い起こす。負けない、諦めない、そう言った後だ。突然恋華は寂しそうな顔で、『レイラちゃんや美鈴ちゃんやましろちゃんとも、争わないといけないのかなぁ』、そう呟いたのだ。恋華の、あのようなノスタルジックな表情を見るのは初めてだった。
恋華はもしや……。
そこまで考えた所で、我が家が見えてきた。和姫はゴクリと唾を呑んだ。恋華と会っていたことは、絶対に緋雨には知られてはならない。
靴を脱ぎ、土間に上がる。やけに静かだ。そして誰も迎えに来ない。
和姫は考えてしまった。
まさか、まさか緋雨が……。
和姫はリビングに入った。すると、1人の人物が出迎えてくれた。
「お帰りなさいまし。和姫姉君」
そこにいたのは、緋雨だった。
「今日はお帰りが遅れたようですな。何処に行ってらした?」
和姫はすぐには答えなかった。どう誤魔化すか脳をフル稼働して考えていた。
緋雨はそんな和姫の前に歩を進めた。ビクリと和姫の肩が震える。
「そんなことよりも。他のみんなはどうしましたの? お兄様は?」
話を誤魔化すため、出来るだけさり気ない口調で言った。表情も強張った様子はないはずだ。
「ああ。それでしたら、皆で出前を食べたあとで眠くなったようで、各々自室で就寝しておられまする」
「……みんなで?」
和姫は嫌な予感がしていた。食後は眠くなるといっても、全員が食事をしてすぐ眠りこけてしまうなんて考えられない。緋雨は和姫の考えてることを読み取ったのだろうか。懐から白い錠剤が入ったアルミ状の包装シートを取り出し、そして言った。
「皆の食事にコッソリ睡眠薬を仕込みました」
「……なんですって?」
「ご安心めされよ。もちろん、副作用の心配などはありませぬ」
「だとしても。幼いましろにまで、何故そのような……」
「どうしても、和姫姉君とお話したことがございましたのでな。邪魔が入らぬよう、2人きりで」
「わたくしと……?」
和姫は困惑した。緋雨が2人きりで自分と話したいこと、それは恋華についてで間違いないだろう。だがどうしてバレてしまったのだろうか。それとも、まだ疑われてるだけの段階なのだろうか。和姫は必死に考えた。自分の挙動に、何かおかしな部分でも現れていたのだろうか。
「ふふふ。何をそんなに恐れているのですか? それとも、何かやましいことでもあるのでしょうか? 和姫姉君」
「緋雨、わたくしは……」
「皆まで仰らずとも結構。わたくしめに対する謀でも企んでいたのでしょう? 姉君も姑息なことをなさいますな」
「違いますわ! 決してそのような――」
「わたくしめは知っていると申し上げているのです。喫茶店でお話をされていたのでござりましょう?」
鼓動が高鳴る音が聞こえた。
和姫は考えた。帰り道は常に尾行に気をつけていた。喫茶店の席も他人からは会話が聞こえづらい位置を選んでいた。それなのに、なぜ。
「瀬戸内恋華と会っていたのでしょう? 随分と話し込んでおられましたな」
セトウチレンカという名を聞き、ますます和姫の頭は混乱した。確かなのは、緋雨に全て知られてしまったということだ。
和姫の様子を見て、緋雨はニイッと笑った。
「恋華なる人物を関知しているだけではなく、同胞にまでなられているとは。流石姉君ですな。敵の懐に潜り込んで、情報を得ようとしたのでしょう?」
「え?」
「それとも。本当に姉君はわたくしめ達を裏切り、恋敵である瀬戸内恋華の軍門に下ったと。そう仰るのですか?」
「そ……そんなこと」
内心の動揺を悟られるわけにはいかなかった。
ゆえに、和姫は逆に聞き返した。
「なぜですか? 緋雨。なぜ、恋華さんと会っていたことを知っているのですか?」
「ふふふ。なぜでしょうな。不思議でござりましょう? 密談の内容が筒抜けなのですから」
密談の内容が筒抜け。
その言葉に和姫は反応した。
「まさか、あなたもあの場に?」
「否。このわたくしめも、姉君に気づかれず尾行することは不可能でござりましょう。他に、引っかかる点はございませぬか?」
「引っかかる点……?」
「例えば、いつもと何か違うことがあったとか」
「あ……」
和姫はハッとなった。そういえばあった。そういえば、あの時……。
――私の錯覚かなあ。和姫ちゃんのスカーフ、形崩れてない?
恋華の言葉が、脳裏をよぎる。
「気づいたようでございまするな」
和姫が察知したことを、緋雨も汲み取ったようだ。
「姉君はもう少し、自分に自信を持つべきですな。例え寝ぼけたにしても、几帳面な姉君が制服を着崩すことなどありえませぬ」
「……!」
和姫は答えず、自身の制服のスカーフをまさぐった。
黒くて小型のレコーダーのようなものが内側に貼り付けてあった。和姫はそれを見つけるとカッと目を見開いた。
「うふふ。今更気づかれるとは。間抜けな姉君」
緋雨の嘲りの声を聞き、和姫はバッと顔を上げた。
「まあ、怖いお顔ですな。和姫姉君」
しかし緋雨は憮然と挑発を続けた。
「姉であるわたくしに対してまで、このようなことをするのですか!」
和姫は眉間を寄せ、目を吊り上げながら怒号を発した。
緋雨は飄々と答える。
「たとえ身内であっても、兄君を狙う者には容赦するな……。幼き頃そう教えてくださったのは、和姫姉君ではござりませぬか」
「緋……雨ぇぇぇ!!」
その言葉を聞いた瞬間、和姫は後ろに飛び退いて、構えを取った。拳を向け、いつでも戦闘にかかれるように。
「ほう。このわたくしめと対決なさるか?」
緋雨も構えを取りながら尋ねる。
「白々しい。あなたの方こそ、そのつもりでしょうが」
答えながら、和姫はじりじりとにじみ寄った。
互いに少しずつ距離を詰めていく。気がつけば、両者の間合いは1メートルほど。拳を深く突き出せば相手に当たる範囲だ。
飛び出したのは、2人同時だった。和姫は正拳突きを、緋雨は掌底打ちを繰り出そうとしていた。
「いきますぞ、和姫姉君!」
「きなさい! 緋雨!」
和姫と緋雨。両者の掛け声が、井川家に木霊するのであった。




