9手伝わない? いいえ、手伝います!
かくして。
俊介と奏はプリントを半分に持ちながら、職員室に向かっていた。
道中、俊介は奏に話しかけた。
「それにしても。これだけ量があるんだから、誰かに手伝ってもらえばよかったのに」
そう、俊介が気になったのはそこだった。クラスの仕事なので役割が決まっているのかもしれないが、何しろ女の子だ。奏の頼みならば、男子も喜んで協力するだろう。
「え……でも。私、日直ですから」
「そうなんですか。でも、プリントもかなり大きいですし。手伝ってもらった方が早いですよ」
「は、はい。でも、みんなも早く帰りたがってますですし。私なんかの為に残ってもらうのは悪いかなって思ったです」
「……そうですか」
俊介は思った。奏は恐らく、既にクラスメートから協力の申し出を受けていたのではないか。それを、「私がやります」と言って遠慮がちに断ったのだろう。そんな場面が、容易に想像できた。
「でも、もう1人は? 日直って2人1組ですよね?」
「先に帰っちゃったです。何か用事があるみたいで」
「でも、プリントを運ぶだけだから10分もかからないですよ。仕事なんだからキチンとやるよう言った方がよかったのに」
俊介がそう言うと、奏は照れくさそうに笑って、
「い、いいんです。こういう言い方すると自虐みたいですけど、私なんかが誰かの役に立てるなら。それに、今日は私バイトがなくて暇だったです」
「はあ……」
遠慮がちに、と考えたのは失礼だったかもしれない。奏はその人のことを気遣って、自分から申し出たのだ。中々出来ることではない。
俊介が黙り込むと、奏は心配そうに顔を覗き込んで、
「先輩? どうしたですか?」
「いえ、ちょっと。奏さんは凄く優しい人なんだなって思いまして」
「ふ、ふえ? なんですか急に」
奏は頬を桜色に染めて、
「ち、ちがいますです。私はただ、男の人とお話するのが苦手なんです。それで相手に都合があるなら、1人で持っていった方が気が楽だから……」
「まあ、それでも。優しいものは優しいですよ」
奏が極度の人見知りな性格なのは、俊介も知っていた。頼み込まれると嫌とは言えないことも。それは短所でもあるが、同時に長所でもあるのだ。
「だから、自信持っていいと思いますよ」
「そ、そそそうですか? ありがとうございますです」
「……ところで、東条さん」
急に俊介は声のトーンを落とし、真面目な顔で、
「僕、あまりあなたに話しかけない方がいいですかね?」
「なっ、ななななんでですか!? 私のこと、嫌いになったですか!?」
「いえ、そうじゃなく。男性に対して苦手意識を持ってるなら、僕のことも苦手ってことですよね?」
「…………そ、そんなこと」
ありません。続きはそう言っていたのだろう。小声過ぎて聞き取れなかったが。
だから俊介は、聞き返すことにした。
「そうでなければいいんですけど。東条さん、僕と話す時だけやたら緊張してるじゃないですか。顔も心なしか赤いですし。なので、プレッシャーかけてるのかなって思ったんですけど」
「ち、ちがいます! そ、それは……。井川先輩の、ことが……」
――スキダカラ。
そう言ったように聞こえた。
「すいません。よく聞き取れなかったので、もう一度言ってもらえます?」
俊介はよく聞こえるようにと、奏に体を近づけた。途端に、奏の顔は真っ赤になった。まるで採れたてのリンゴのように。
「べ、別に何も言ってないですよ。聞き返さなくていいです!」
「そうはいきませんよ。僕が東条さんに負担をかけてるなら申し訳ないですし。迷惑なら迷惑だとハッキリ言ってください」
俊介が詰め寄ると、奏はブンブンと首を横に振った。
「そんなことないです! むしろ、井川先輩にはもっと私に話しかけてほしいです。私、もっともっと先輩と仲良くしたいんです!」
そこまで叫んでおいて奏は「あ、井川先輩だけですよっ? 他の男の人は苦手です」と補足した。その様子を見ながら、俊介はくすりと笑って、
「よかったです。僕と話す時、東条さんはいつも落ち着きがない様子だったので。もしかしたら嫌われてるかも? と不安だったんですよ。なので、安心しました。――僕も東条さんとは、もっと仲良くしたいですからね」
「ふええっ!?」
それは、言わないほうがよかったかもしれない。
俊介の言葉に動転した奏は、手を滑らせ持っていたプリントを、また全て床に落としてしまったからだ。廊下には落ちたプリントが散乱している。
俊介は「ああ」とだけ呟くと、しゃがみこみプリントをかき集めた。奏も涙目になって俊介の前に屈み込み――
「先輩、すみません! 本当にすみません! 私ったら何てことを……「いえ、いいんですよ」」
俊介は奏の謝罪を遮った。
「ミスは誰にでもあります。問題なのは、どうやってそれを挽回するかということです。謝るのは後にして、とりあえずは、このプリントを一緒に拾うことを優先しませんか?」
「は、はいです! 分かりましたです!」
奏はそう言うと、テキパキとプリントを拾い集めた。
そして、最後の1枚を拾おうとした瞬間。
2人の手のひらは重なった。
奏の体温が、俊介の手の甲に伝わる。
「あっ……! ごめんなさいです!」
「いえ、こちらこそ。失礼しました」
「…………そんなこと、ないです」
言われて、俊介はハッと気づいた。いつの間にか、奏の顔が目の前に来ていたことに。
俊介は奏の顔をまじまじと見つめた。
今さら説明するまでもなく奏の顔は、とてつもなく美しかった。いや、美しいというよりは愛らしい。少し丸みを帯びているが形の整った卵型の輪郭や、スッと通った綺麗な鼻の上に、穢れを知らないクリクリっとして大きな瞳がよく映える。
「先輩、私――」
奏が口を開こうとした、その時だった。
「……あっ。すいません」
じっと見つめてしまったことを、俊介は謝った。
そしてプリントを持つと立ち上がって、
「ほ、本当に。早く行きましょうか。先生も怒るかもしれないですし」
「…………はい」
そして、職員室まで無事にプリントを届けると。
まだ小用があるという奏と別れ、俊介だけ1人で帰ることとなった。
厳密には校門の前で1名待ち構えていた為、「2人で」になるのだが。
「緋雨さん。お待たせしました」
「……あっ、俊介兄君!」
帰宅する生徒を無表情に見つめていた緋雨は、俊介を見つけると別人のように表情を輝かせて、
「お待ち申しておりました、俊介兄君。ささ、我が家への帰りをお供つかまつりまする」




