7あげます? いいえ、あげません!
それから少し経って昼の12時。
お昼休みになったのでいつものように、俊介と恋華は教室で机をくっつけながらお弁当を食べようとしていた。
「今日も俊介君のお弁当、凄く美味しそうだね」
恋華は、俊介の弁当箱の中身を覗き込みながら言った。
その中身は確かに豪勢だった。恋華が「少し分けてほしいナ~♪」などと言うほどには。みりんで味付けをしたホッケの焼き魚にだし巻き卵、たけのこの煮物にピーマンの塩こんぶ和え、デザートには焼き芋のタルトが入っている。
和姫が毎日5時くらいに起きて、俊介(ついでに妹達)のために心を込めて調理した手作り弁当だ。なので俊介は――
「すみません。和姫さん、他の人にあげると凄く怒るんですよ」
「1個くらいならバレないよ。ていうか、お弁当は分かち合って食べた方が美味しいよね? そうだよね? そうに決まってるよね? うん、決定!」
俊介は水筒のお茶を一口飲むと、
「駄目です。和姫さん、後で味の感想とかしつこく聞いてくるので」
「ソッカー。ソレジャシカタナイネー」
そういう恋華の口調は、何故か棒読みだった。
それには答えず俊介は、恋華の弁当箱を見た。
恋華の弁当はいわゆる「女子高生弁当」だった。たこさんウィンナーや大葉入りのミルフィーユカツ、おにぎりは海苔をクマの形に切って貼っている。人参は星型に型抜きされ、デザートのリンゴはウサギ型にカットしているなど、見るのも楽しいキャラ弁だった。
俊介の視線に気づいたのか、恋華がふと俊介を見つめると、
「ねえ俊介君。私のお弁当、食べたい?」
「美味しそうだとは思いました」
「じゃあ、私のおかず一品あげるから、俊介君のおかず二品ちょうだい」
「何でそうなるんですか?」
「じゃあじゃあ。私のおかずはあげないから、俊介君のおかずを一品もらっていうのは?」
「……まさか、交渉ですら無くなるとは。もちろんお断りします」
その瞬間だった。
「……あっ! 何だあれ!」
「え?」
恋華が突然大声で指差した窓を俊介が見たとき。
突然ガタッ! と恋華は椅子から立ち上がり、
「隙ありっ!」
素早く箸を俊介の弁当箱に突っ込むと、
「おいひぃ~♪ この卵焼き超おダシが効いてる~っ! お口の中がし・あ・わ・せ~♪」
俊介はぽかん、と恋華を見つめていた。
周囲の生徒達も、皆一様に恋華の姿に目を惹かれている。ある者は飲みかけのジュースを口から吹き出し、またある者は椅子から転げ落ちるなど、ある意味大惨事である。しかし恋華は、そんな惨事などどこ吹く風で、美味しそうに俊介から奪い取った卵焼きを「おいし~♪」と咀嚼していた。
呆気に取られていた俊介はようやく我に返ったのか、半眼で恋華を見るや、
「恋華さん。不意打ちなんて卑怯ですよ」
「ふっふっふ。油断してる方が悪いっ」
「まあ、いいですけどね、一品くらい」
「一品で済むといいけどね~♪」
「……はい?」
恋華の言うとおり、一度きりでは終わらなかった。
それは正に白熱した攻防だった。俊介が手で弁当箱をガードするや、恋華は反対側からおかずを奪い取る。フェイントを交え、少しずつではあるが確実に、俊介の弁当箱からおかずを奪っていった。
そんな攻防戦が何度か続き。
辟易しながら、俊介は口を開いた。
「……あの。いい加減、自分のを食べてくれませんか?」
すると恋華は、ようやく箸を引っ込めた。
「……あれれ。俊介君のおかず、ほとんど無くなっちゃったね」
「誰のせいですか、誰の」
「じゃあ、私のおかずあげるよ! それでおあいこでしょ?」
「はあ。それなら、いいですけど」
恋華の料理の腕は重々分かっている俊介だが、奪っておいて『あげるよ!』の一言にはあまり納得できなかった。
「それじゃあお詫びに、私が『あ~ん』して食べさせてあげる」
「は? 『あ~ん』? なんですか? それ」
俊介が聞き返すと、恋華は力説で答えた。
「なんですかって、『あ~ん』だよ! 恋人同士がやるいわば儀式! 食べ物を食べさせてあげるのは、深い愛情のしるしなんだよ!」
「…………それは、知ってますけど」
いかにも嫌そうに俊介は呟く。
「なに俊介君。その嫌そうな顔」
「嫌ですよ。何だってこんな公衆の面前で」
「公衆の面前だからこそアピールするチャンスじゃない。大衆に向けて意思を伝えるなら、あえて人の多い所で堂々とやらなきゃ」
恋華は胸を張りながら、まるで政治家のようなことを言った。
そして小声で、
「……忘れてないでしょうね? 私と俊介君は『偽装恋人』なんだよ? だから、一緒にお弁当食べるだけじゃ駄目。もっとラブラブアピールをみんなに見せつけなくちゃ」
「……でも、流石に恥ずかしいですよ、こんなの」
「……恥ずかしがってる場合じゃないでしょ。ちなみに、『あ~ん』以外だったら私のお弁当食べさせてあげないんだからね」
「……それは」
理不尽ですよ、と言いかけて俊介は口をつぐんだ。恋華の理不尽は今に始まったことではない。それに、俊介も内心そこまで嫌がっていなかったのだ。恋華を調子に乗らせるので絶対に言わないが。
「それじゃあ、行くよ?」
俊介の返事も待たず、恋華は爪楊枝の刺さった、たこさんウインナーを差し出した。
「はい、俊介君。あ~~~~ん♡」
――うぉぉぉおおおお!
周囲のギャラリーから歓声が上がった。
俊介は意を決してたこさんウインナーを口に運んだ。
「どう? 俊介君、美味しい?」
「ええ、美味しいですよ」
ウィンナーをたこさん型に切っただけだが、砂糖と醤油で甘辛く味付けされており、焼き加減も絶妙だった。
「じゃあ、次はこれ。ト・ン・カ・ツ♡」
と、恋華は薄切りのミルフィーユカツを箸で持ち上げた。左手を頬に当てながら、うりんうりんと顔をくねらせるオマケつきで。この仕草がまた可愛らしく、ギャラリーから一際大きな雄たけびが上がる。
何で井川だけ……」、「俺も瀬戸内さんから『あーん』されて~」、「5万払うからやってくんないかな~」
などなど。そんな嫉妬の声は意に介さず、恋華は俊介に『あ~ん』をした。
「どう? 美味しい? 私の、お・か・ず♡」
「はい……」
言うまでもなく、味は絶品だった。
周りの声さえうるさくなければ、心から賞賛出来ただろうが。
「ねえっ。じゃあもう1個食べる?」
「あ、はい。お願いします……」
俊介はちら、と横目でギャラリーを見た。
羨ましがる者、嫉妬する者、好奇の目を向ける者。反応はそれぞれだが、一貫して注目を集めている。これはつまり、恋華がそれほどイイ女だという証だ。
しかし、大分受け入れられつつある。自分と恋華の「偽装恋人」を。少し前までなら、恋華が男にこんなことをするのは、とてもじゃないが許されなかった。
「じゃあ次はくまさんおにぎり。はいっ、あ~~ん♪ 俊介君もちゃんとやって!」
「あ、あ~ん」
俊介が思い切り口を開くと、恋華は嬉しそうに笑っておにぎりを食べさせてくれた。
咀嚼しながら、俊介は思う。
これが偽装ではなく、本当の恋人同士だったらなあと。




