1怪しい会議? いいえ、妹会議です!
それは、突然の邂逅だった。
俊介のクラスメートに暴力行為を働いた罰として、一年間の海外留学を命じられた井川家3女の緋雨。その緋雨が渡航期間を終え、懐かしの我が家の前で、愛しの俊介との再会を果たしたのだ。もっとも緋雨は自身への報いと称して自らの腕を切る自傷行為に走る、という衝撃的な行動に出たが。
それから3時間ほど時間が経ち、
「誠においしゅうございまする。和姫姉君の手料理は、やはり絶品でございますな」
テーブルに並べられた料理に箸をつけながら、舌鼓を打つ緋雨。
俊介の目の前でリストカットをした緋雨は俊介によってリビングへと運ばれ、家族総出で手当てを受けたのだった。容態が回復し安定したところで、和姫が腕によりをかけて夕食を作った。アスパラガスのゴマ和え、サンマの焼き魚、タマネギの天ぷら、海鮮茶碗蒸しなど、どれも緋雨の好物だったものだ。
「ふん、現金なものね。さっきまで冥府の国ハイドゥーとこの世の境を行き来していたというのに」
「うふふ。その西洋かぶれな物言いは相変わらずでございますな、レイラ姉君。わたくしめの手の傷跡を見て、卒倒しかけていたというのに」
「な、ち、違うわよ! あれはたまたま魔力櫃が尽きそうになっただけ! 別に、血を見て恐怖のあまり気を失いそうになったとか、そういうわけじゃないわ!」
――と。
冷静に言い返す緋雨に思い切り焦りながら反論したのは、井川家の次女、レイラであった。金髪のサイドテールをした北欧系の美少女ではあるが、重度の中2病。
右目には大きな眼帯、右腕にも包帯がグルグルと巻かれている。もちろん怪我や病気をしているわけではなく、中2病の嗜みというやつだ。
ちなみにリストカットをした緋雨の手当てを、全面的に引き受けたのは彼女だった。普段から意味もなく、自身の腕に包帯を巻いているレイラの中2ぶりが、意外にもここで役に立ったというわけだ。
「まーまー! 突っかかるのはその辺にしときなよーレイラちゃん! 緋雨ちゃんがせっかく1年ぶりに帰ってきたんだからさー!」
「ましろ、ひさねーねーと久しぶりに会えて、うれしー……!」
大きな声で朗らかにレイラを諌めたのは、4女の美鈴。
緋雨との再開に対し喜びの表情を浮かべたのは、5女のましろであった。
茶色がかった髪をショートボブにした活発な美少女である美鈴は、失血で倒れた緋雨を俊介と共にかついでリビングまで運び、消毒も担当したのだった。
「妖精」、「天使」とまで言われるほど可愛らしいルックスをしたましろ。ピンク色の髪にはふわっとしたウェーブがかかっており、それがまた子猫のような愛らしさがある。ましろはまだ7歳と幼いので何も出来なかったが、それでもソファの上で処置を受ける緋雨に、一生懸命声をかけたのは彼女だ。ましろのように純粋無垢な少女からの応援の声だ。ド○クエでいえばベ○マくらいの効果はあるだろう。
「それにしても緋雨。このようなことはもう、これっきりにしてほしいですわね。まったく、寿命が縮まるかと思いましたわ。帰ってきてみればいきなり、緋雨が血だらけでソファの上に倒れていたんですもの」
そう緋雨を嗜めたのは、井川和姫。
闇のように黒い黒髪を腰元まで垂らした、純和風な大和撫子の美少女。文武両道、炊事洗濯も得意な井川家の頼れる長女である。テーブルの上に並べられたご馳走を調理したのも、彼女であった。
「緋雨。俊介お兄様への謝罪といっても、限度というものがありましてよ。美鈴やレイラがいたから大事に至らず済んだものの。一歩間違えたら命はありませんでしたわ」
と、叱責する和姫に、
「そのとおりでございまする。和姫姉君の仰ることには、ぐうの音も出ませぬな」
そう答える緋雨は箸を置くと、緋雨は床の上で三つ指をつき頭を垂れて、
「申し訳ありませぬ。2度とこのようなことは致しませぬ故、平にご容赦いただきとうございまする。姉君」
「なっ……。ひ、緋雨? 何も、そこまですることは……」
「否。和姫姉君からお許しを頂くまで、頭を下げさせて頂きまする」
「ええいっ! わ、分かりましたわ! 許します。許しますから、頭をお上げなさいな!」
和姫がたまらず大声で叫ぶと、緋雨は「御意」とようやく顔を上げた。
「でも緋雨ちゃん! 本当に無茶なことは止めてね! 心配しちゃうから!」
「ふええ……ましろ、ひさねーねー死んだら、かなしいよぉ」
「わたしは攻撃魔法には造詣が深いけど、回復魔法には明るくないわ。今度は助からないものと思いなさいよ」
美鈴、ましろ、レイラと、それぞれが緋雨に意見をぶつける。緋雨はそれに対し「申し訳ありませぬ」と丁寧に1つずつ対応していった。
「ところで……」
緋雨は、テーブルの端にいる少年に目を向けた。
「俊介兄君にも、申し訳ないことをいたしました。重ね重ねお詫び申し上げまする」
「いえいえ。いいんですよ、緋雨さん」
そう応じたのは、井川家の長男、俊介だった。長男とはいうが、実は幼い頃に両親と死別し、それ以来孤児院にいたため、俊介はいわゆる「養子」であった。
まあ、妹軍団はそんなことお構いなし、むしろ好都合とばかりに愛情を向けてくるので、家族の絆という点では何の問題もないのだが。
「とはいっても、僕もみんなと同じ意見ですけどね。前非を悔いることは良いことすけども、不必要に自分を傷つけることだけはしないでください」
俊介は心配そうに目を細めながら言った。長男だけあって、妹達を心配する気持ちは誰よりも強いのだ。
緋雨は「委細承知」ともう一度頭を下げると、
「それでは。晩餐を終えた後は、各々自由行動ということですかな? 『例の会議』はまだやっておられまするか?」
「!!!!」
「?」
緋雨の言葉に、俊介以外の4姉妹の間に微妙な空気が走った。妹軍団はそれぞれ顔を見合わせ目配せをし、俊介が「例の会議? 何ですかそれ?」と尋ねたところで、
「何でもありませんわ、お兄様! どうか気になさらないでくださいまし!」
和姫が慌てて割って入ると、
「そ、そそそそそうだよ! 別に、夜な夜なあたし達だけで怪しい会議を開いてるとか、そういうことは絶対にないから安心して! お兄ちゃん!」
「兄さん。女というのは魔性の生き物なの。抱えてる秘密も1つや2つじゃないわ。聡明な兄さんなら……分かってくれるわよね?」
「あわわー! にーにー、きかなかったことにしてー!」
美鈴、レイラ、ましろと、それぞれが微妙なフォローをした。
例の会議とは。
「妹軍団」の「妹軍団」による「俊介」のための会議である。
基本的には俊介の行動を監視……もとい、見守りながら、俊介に悪い虫がつかないように今後の動向を話し合うための場だ。もちろん陰ながら見守りたいということで俊介には秘密にしているが、「こんな会議してるのバレたら何かハズくなーい?」という年頃の女子の恥じらいも含まれているのだ。
この妹会議で常に先頭に立ち、攻撃的な思想で議論を交わしてきたのが実は緋雨だったのだが。
その緋雨が、実に一年ぶりに妹会議に加わる。
妹軍団の心中にただならぬ暗雲が立ち込めているのは、そのためだった。




