54事件? いいえ、傷害事件です!
「突然のお呼び立て、申し訳ありません」
セーラー服姿の和姫は、恋華に向かって頭を下げた。
――喫茶「ブルーアップル」のテーブル席。
幸いなことに、今いる客は恋華と和姫の2人だけだ。奏はシフト上休みということで、今日は店にいない。これも、秘密の話をする上では好都合だった。
「いや、いいんだよ。私としても、和姫ちゃんとは1度ゆっくりとお話がしたかったし。それに――興味深い話も聞けそうだしね」
「まあ、まずはおかけになってくださいまし」
恋華は「うん」と答えると、和姫の向かいの席に腰を下ろした。和姫の目の前には、文庫本と、緑茶が入ったコップが置かれている。そういえば、と恋華は思い出した。俊介の家に初めて来た時、和姫とは料理勝負をしたものだ。
その時和姫が作ったメニューが『和風ハンバーグとキノコの甘辛煮』だった。日本人形のような見た目といい、和姫は和食が好きなんだな、と恋華は考えていた。
「どうしたのです? わたくしの顔に何かついていますか?」
「え? あ、いや、別に。ごめんね」
和姫に話しかけられ、恋華は慌てて視線を逸らした。
「ところで、和姫ちゃん早いんだね。私も学校終わってからすぐここに来たのに。もういるんだもん。ビックリしちゃったよ」
「今日は授業が1つ少なかったのですわ。それが無ければ、逆に遅れていたかもしれませんけど」
「ああ、そうなんだ。ところで……」
そこで、会話は途切れた。
いつものウエイトレスの明美が、オーダーを取りにきたからだ。恋華は無難にアイスコーヒーを注文した。本当はチョコパフェも頼みたかったのだが、和姫の前なので止めておいた。
そう。
今日は和姫から、緋雨について大事な話があるといって呼び出されたのだ。
早く聞きたいのは山々だったが、急かすのは流石に行儀が悪い。
「お話は、注文の品が来てからにしましょうか」
「あ、うん」
恋華がそう答えると、和姫はカバーのかかった文庫本のページを開いた。
何を読んでいるのだろうか。正面からでは全く見えなかった。集中して読み入ってるようなので、声もかけづらい。
和姫のことだから、ミステリー小説か、経済学本。あるいは、小難しい自己啓発本でも読んでいるのだろうか。
それとも意表を突いて、えっちぃ本なんか読んでたりして――
あっ、いけない私ったら、何考えてるの。和姫ちゃんが、こんな所でそんなもの読むわけないでしょ!
恋華がどうでもいい思考を巡らせていると、オーダーした品がやってきた。恋華の前にグラスが置かれ、ウエイトレスが「ごゆっくりどうぞ~」と立ち去る。
すると、和姫は読んでいた本をパタリと閉じ、鞄の中に仕舞うやいなや、
「それでは。早速ですが本題に入りましょうか」
鋭い視線を、恋華に向けてきた。
「う、うん。緋雨ちゃんについてだよね?」
「ええ。ですがその前に、ちょっとした確認をさせてほしいのですわ」
「確認?」
「ええ」
和姫は、絹糸のように長く真っ直ぐな黒髪を、手でファサッとすくい上げた。
ほのかに甘い匂いが、恋華にも伝わってくる。
「確認、というほどではありませんけれど。緋雨について。お兄様から、何と聞かされましたか? 教えてほしいのです」
チューっと。
アイスコーヒーを一口飲み、喉を湿らせながら、恋華は答える。
「とある理由で、海外留学してるんだってね? もうじき帰ってくるって聞いたよ」
「とある理由……。そうですか、そうですわね」
いつもは理路整然とした話し方をする和姫だが、どこか歯切れが悪い。
口元に手を当てて考え込む仕草をするあたり、本当に言いづらいことのようだ。
「恋華さん。約束をしていただけますか?」
「なにを?」
「ここでの会話は、他言無用と。お約束いただけますか?」
「もちろんだよ! 私、口は堅い方だから安心して!」
「……そうですか」
和姫は眼を細めて天井を見上げ。
静かに。息をついた。
「では」
和姫は目線を恋華に戻し、
「お話しいたしましょう」
そう言う和姫の視線は、先ほどまでの鋭い視線に戻っていた。
おそらく、覚悟を決めたのだろう。恋華が、和姫に何を言われるのかと、胸の鼓動を高鳴らせた時。
――彼女は、口を開いた。
「緋雨がまだ中学生なのに海外留学をして……いえ、させられている理由。単純なことですわ。彼女は、1年前に事件を起こしたのです。それも、ただの事件ではなく、傷害事件ですわ」




