48聞かれてない? いいえ、聞かれました!
「どうして?」
恋華は首を傾げた。
「緋雨ちゃんって子、そんなに危ない子なの? もしかして、不良とか?」
「別に、そういう訳じゃないんですが……。色々、変わってる方でして」
煮え切らない返事を返す俊介。
すると恋華は、真剣な顔つきで俊介を見つめると、
「ねえ、俊介君」
「はい?」
恋華は、目を細め挑戦的な視線を向けると、
「私ね、そういうの聞くと、余計したくなっちゃうタイプなんだ」
「どういうことですか?」
俊介は訝しげに聞き返した。
恋華は、ニヤッと形のいい唇をつり上げると、
「言葉のとおりだよ。私、やっちゃダメとか言われると、余計にしたくなっちゃうタイプなの」
「いや……あの。話、聞いてました? 僕は、恋華さんのためを思って言ってるんですよ?」
「その気持ちはありがたいけどさあ。結局、5姉妹全員と仲良くしないと、俊介君との関係も続けられないじゃん。だから私は、緋雨ちゃんとも仲良くしたい」
「い――いやいや!」
俊介は席を立ち上がると、あわてて手を振った。
恋華が天邪鬼な性格だということは知っていたが、こうもハッキリ断られるとは思っていなかったからだ。
しかし恋華は、一変して口元に優しげな微笑を浮かべると、
「なーんてね! 嘘だよ♪ 俊介君がダメだっていうことなら、私、やらないよ?」
「ほっ……」
俊介は急に安心したせいか、へなへなと席へと座り込んだ。
「俊介君、私のこと傍若無人な女だと思ってない? 私だって流石に、やっちゃいけないって言われたらしないんだからね?」
「そ……そうですよね、はい」
実は、傍若無人な女だと思っていたのだが。
というより、今まで恋華が自分の意思を曲げたところなど、見たことがないので、恋華が言うことは冗談には聞こえないのだ。
「でもさあ。これってよく考えたら、ひどい話だよね」
「なにがひどいんですか?」
「緋雨ちゃんがどんな子か知らないけど、一方的に『関わるな』とか言っちゃってさ。友達になるチャンスを潰してるようなものじゃん。私が俊介君の妹なら、すごく悲しむと思うな」
「でしょうね」
「でも、そうまでしてでも、私と緋雨ちゃんを会わせたくない理由がある。そうだね?」
「そうです」
「なら」
恋華は口元をほころばせた。
「私から無理に、緋雨ちゃんに接近しようとはしないよ。俊介君を困らせたくはないからね。でも、大丈夫そうだなって思ったら、いつか会わせてね?」
「……はい」
俊介は歯噛みしながら答えた。
本当は全てを打ち明けるべきかもしれない。恋華だって、全てを納得してるわけではないだろうから。しかし、俊介にはどうしても明かすことが出来なかった。
緋雨という、井川家の闇を。話したところで、恋華の危険が増すだけだ。
「さあ、そろそろ帰ろうか。もうすっかり夜になっちゃったし。こんなに遅くなったら、妹さん達カンカンに怒るんじゃない?」
「そう……ですね、もう帰りましょう」
恋華の言葉に、俊介は頷いた。
恋華との関係は、あくまでフェイクで、そしてお試し。肝心の妹たちから、まだ完全には認められていない。
妹ウオッチという作戦も失敗に終わったし、しばらくは大人しくしているのが吉だろう。
「じゃあ、俊介君。明日も偽装恋人として、よろしくね?」
「ちょ、ダメですよ! 恋華さん!」
にっこりと笑いながら言う恋華を、俊介は大声で制止した。
「ふえ? なにが?」
不思議そうな顔で、恋華が聞き返す。
「なにがじゃないですよ。僕らの関係が本物の恋人じゃなくて偽装恋人だっていうことは、僕らだけの秘密じゃないですか。東条さんに聞かれでもしたら、どうするんですか」
「いやっ、でも。奏ちゃん近くにいないじゃない、ほら」
恋華に促されて、俊介は周りを見渡した。
確かに、奏の姿はない。おそらく、厨房で仕事でもしているのだろう。見ると、他にも客は5人ほど来ている。料理の準備もあるし、俊介たちだけに構ってなどいられないということか。
「まあ、それならいいんですけど……」
俊介は、ほっと息をついた。恋華が奔放な性格ならば、自分は心配性すぎるか。少し気を張りすぎていたかもしれないと、自分で自分を律した。
「じゃあ本当に、もう帰ろう?」
「ええ、そうしましょう」
恋華が立ち上がると、俊介もそれにならって腰を上げた。
そして伝票を持ち、会計に向かう。
この時、俊介は気づいていなかったのである。
俊介たちの後ろのテーブルで、奏が今の会話を聞いてしまっていたことを。




