47怒ってない? いいえ、怒ってます!
俊介は、そこまで話し終えると、1つ息をついた。
薄暗い夕暮れはいつしか、黒いペンキをぶちまけたかのような宵闇へと変わっていた。学校が終わってから、「ブルーアップル」にて「妹ウオッチ」の報告をすること、早3時間。俊介がチラリと腕時計に目をやると、時刻は20時を回っていた。
しかし、中々「もう帰りませんか?」とは言い出しにくい。先ほどから恋華は、俊介の話を聞いて怒り心頭だったのだ。ましてや、妹たち4人と一緒に、お風呂に入った話までしたのだ。これはもはや、怒る怒らないの次元ですらないだろう。
しかし、俊介の予想に反して恋華は、
「そっか。うん、大体わかったよ。報告ありがとうね」
と、優しく俊介を労う言葉をかけたのである。
先ほどまでしきりに「去勢する」と激怒していたのが、どういう風の吹き回しなのだろうか。
俊介は尋ねてみた。
「恋華さん、怒ってないんですか?」
その質問に、恋華はくすりと微笑む。
「怒るわけないじゃん。私は、正直に話して? って言っただけだからね。ここで嘘ついたら去勢してたけど」
「そ、そうなんですか……」
危ないところだったと。
俊介はホッと胸を撫で下ろした。
「まあ、ちょっとだけ言わせてもらえば」
恋華は言葉を付け加えた。
「前々から思ってたんだけど、俊介君って妹さんたちに少し甘すぎないかな? だから、そういう風に迫られるんだよ? そもそも、迫られたからって一緒に妹さんたちとお風呂に入るかなあ。それはもう、『家族愛』とかそういうの、楽々越えちゃってるよね? 大体、俊介君が毅然とした態度で拒まないから、妹さんたちもそれに甘えちゃうっていう部分もあるよね。つまりこれは、俊介君が招いた不祥事ともいえるわけだ。しかも、全員一緒に浴槽に入るってどういうこと? それ、もはやソープじゃん。いやあ、私は全然怒ってないんだけどね? ただ、こういうことはちょっとした意見でも、ちゃんと言っとかないとって思っただけだから。まあ、あんまり気にしないでいいよ」
漫才師もビックリするぐらいのマシンガントークを炸裂する恋華に、
「す、すみませんでした……」
俊介は、頭を下げることしか出来なかった。
しかし、恋華が怒っているのも無理はない。妹たちの弱点を探るために始めた「妹ウオッチ」で、逆に俊介と妹軍団の仲を深める結果に終わったのだから。
これならむしろ、何もしない方がよかったぐらいだ。
作戦が失敗に終わった屈辱と、恋華としては、俊介が取られるかもしれないという嫉妬もあるのだろう。
「ところで俊介君?」
不意に、恋華が真顔で見つめてくる。
「なんですか?」
「えーっと、さ。これは、聞いていいことかどうかわかんないんだけど……」
「一応、話だけでも聞きますよ。言ってみてください」
「う、うん。じゃあ、その、何ていうか、ここまでの話を聞いて思ったんだけどさ、3女の緋雨ちゃんって、まだ日本に帰ってきてないの?」
恋華にしては珍しく、どこか歯切れ悪く尋ねてきた。
この話題は、偽装恋人として恋華が初めて俊介の家に来て以来、2人の間で何となく禁則事項になっていたからだ。
恋華は察しているのだろう。俊介がその話をあまりしたがらないことに。
しかし、俊介は意外にも平静な態度で、
「ああ、緋雨さんですか。海外へ行ってもうじき、留学期間の1年が経ちますからね。もうすぐ日本に帰ってくると思いますよ」
「えっ、ほんとに!?」
恋華がテーブルをバンと叩き、身を乗り出す。整いすぎた顔が目の前まで迫り、俊介は慌てて目をそらしながら、
「まあ、いいじゃないですか。そんなことは」
「そんなことって何よ! 1年ぶりに妹さんが帰ってくるんでしょ!? パーティとか開いてあげないの!? そうだ、私も何かプレゼントとか用意しなきゃ……」
「恋華さん」
俊介は、それまでの話し方から一変して、真剣な口調になる。
「な、なに?」
その迫力に、恋華も気圧されたようだ。
「1つだけ、忠告しておきますよ」
「だ、だから何なの? 一体……」
俊介は両手の指を合わせ、あごの下に置くと。
静かに、ゆっくりと口を開いた。
「悪いことは言いません。緋雨さんとは、関わらない方がいいですよ」




