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【祝2000PV】魔王軍の法務部  作者: 月待ルフラン【第1回Nola原作大賞早期受賞】
第3編:合同調停委員会・内政改革編
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第9話 第一回委員会と、盗まれた鶏事件

休戦協定が締結されてから、数週間が過ぎた。

あれだけ殺伐としていた魔王城には、嘘のような平穏が訪れていた。国境での小競り合いは鳴りを潜め、将軍たちは日々の練兵や領地の統治に集中している。

俺、真壁 仁はと言えば、「法務部」のオフィス(という名の、玉座の間の片隅にある机)で、魔王軍内部の雑多なルール整備に追われていた。


「おいマカベ! この羊皮紙のインクが薄いぞ! 書き直せ!」

「ボルガ将軍、それは俺の仕事ではなく…」

「法務部長殿、先日のストライキの件で、部隊の連中がお礼をしたいと。今夜、一杯どうだ?」

「ゼグス将軍、お気持ちはありがたいのですが…」


猛者たちに囲まれた珍妙な日常にも、少しずつ慣れ始めていた。

だが、その平穏は、一本の矢によって、唐突に破られた。


人間領から放たれた、召集令状を携えた矢文。

初の「合同調停委員会」の開催を告げるものだった。


「…で、議題は何なのだ?」

魔王ザイレムの問いに、伝令兵は恐縮しながら答えた。

「はっ…それが…人間側の農夫が飼っていた、『鶏』一羽が盗まれた件について、と…」


「…ニワトリだと?」

ボルガが、心底呆れたという顔で聞き返す。「たかが鳥一羽のために、これほど大仰な手続きを?」


「ボルガ。これは、ただの鶏ではない」

玉座から、魔王の静かな声が響く。「これは、人間側が我らの力を試すための、最初の“布石”だ。…マカベよ、どうする?」


俺は、迷わず答えた。

「もちろん、お受けします。この最初の戦いで、我々が主導権を握るのです。これは、鶏を巡る裁判ではありません。今後の、世界のルールを決めるための、最も重要な戦いです」



合同調停委員会は、国境に設けられた中立地帯の、荘厳なテントで開かれた。

魔王軍側からは、俺と、護衛兼オブザーバーのゼグス。

対する人間側は、白銀の鎧に身を包んだ、いかめしい顔つきの騎士団長と、聖教会の紋章をつけた、若く、理屈っぽそうな司祭が代表として座っていた。


「では、第一回合同調停委員会を開会する!」

騎士団長が、厳かに宣言する。「本日の議題は、魔王軍に所属するゴブリン兵による、我が国民の財産たる鶏の窃盗事件である! 速やかに、事実関係の審議に入る!」


「異議あり」


俺は、その言葉を、冷たく遮った。

騎士団長が、眉をひそめる。「なんだ、法務部長殿。何か問題でも?」


「ええ、山ほど」

俺は、用意していた書類の束を、ゆっくりと机に広げた。


「まず、議事進行規則第一条、『用語の厳密な定義』を要求します。本件における“鶏”とは、家禽法体系上はガルス・ドメスティカス、通称ライトフェザー種でよろしいか? その所有権の発生時期と、歴史的経緯について、人間側の明確な見解をお示しいただきたい」


「なっ…!?」

騎士団長と司祭が、目を丸くする。


俺は構わず続けた。

「次に、**同規則第三条、『判例の参照』**に基づき、関連判例の提出を求めます。当方で調査したところ、**古文書法第128条『異種族財産権確定判例』に基づき、三百年前の『ノーム対ピクシー茸紛争』**との比較検討が必要かと」

そう言って、俺は分厚い古文書を机に叩きつけた。もちろん、中身は白紙だ。


騎士団長が、ガントレットを装着した拳で、ドンッ!と机を叩きつける。

「いい加減にしろッ! 小賢しい言葉遊びはもう結構! 盗人がいた、ただそれだけの話ではないか!」

彼の顔には、純粋な正義感が燃え盛っている。

「我ら騎士は、曲がったことを許さぬ! 罪は罪、罰は罰! 正義とは、単純明快であるべきなのだ! それを貴様は、言葉の迷路で歪めようとしている!」


「“正義”もまた、定義が曖昧ですね」

俺は、冷ややかに返す。


「そして最後に、**同規則第七条、『証拠能力』について。貴殿らが唯一の証拠品として提出した、この羽根一枚。これの“証拠保全の連鎖チェーン・オブ・カストディ”**が、全く明らかにされておりません。誰が、いつ、どこで発見し、誰が、どのようにして、ここまで運んだのか。その全ての過程において、魔法的な改竄が行われていないという証明がなければ、証拠として採用することはできません」


俺がそう言い切ると、人間側の二人は、完全に沈黙した。

彼らの頭上には、無数のクエスチョンマークが浮かんでいるように見えた。

司祭が何か「神の教えでは…」と反論しようとするが、俺は「神の教えは、我々が合意した議事進行規則には含まれておりません」と、にべもなく一蹴した。


結局、その日の委員会は、鶏については一言も議論されぬまま、閉会となった。

手続きという、彼らが一度も足を踏み入れたことのない、法という名の泥沼。

その中で、ただただ溺れ、疲弊しきった人間側の代表団は、憔悴しきった顔で引き上げていった。


テントからの帰り道、ゼグスが、深い感嘆の息を漏らした。

「…見事だ、マカベ。一滴の血も流さず、一合の剣も交えず、ただ言葉だけで、敵を完膚なきまでに叩きのめした」


その称賛は、素直に嬉しかった。

俺は、魔王城に戻り、今日の“勝利”を魔王ザイレムに報告した。魔王は、満足げに頷いていた。

これで、しばらくは平穏な日々が戻ってくる。


そう、思った矢先だった。

報告を終えたゼグスの顔が、ふっと曇った。


「…マカベ。一つ、勝利の報告の後に、言いにくいのだが」

彼の、冷徹な目が、わずかに憂いを帯びる。


「ボルガの奴が率いる、最前線のオーク部隊…その食料が、もうじき、完全に底をつく」

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。HTMLリンクも貼ってあります。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)

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