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第8話 決着の最終条項(リーサル・クローズ)

鈴木たちが去った後の玉座の間は、絶望的な沈黙に支配されていた。

やがて、その沈黙を破ったのは、ボルガの怒声だった。


「…ええい、ままよ! やってくるなら、返り討ちにしてくれるわ! 全軍に告ぐ、迎撃準備だ!」

「待て、ボルガ!」

冷静なゼグスの声が、その猪突猛進を制する。「現在の我らの戦力で、“聖剣の勇者”と正面からぶつかるのは無謀だ。被害が大きすぎる」

骸骨の魔術師も、カツン、と杖を鳴らす。

「魔力資源も枯渇しておる。今、戦端を開くのは、得策ではありませぬな」


将軍たちの間で、議論が紛糾する。戦うも地獄、屈するも地獄。魔王軍は、完全に行き詰っていた。

誰もが、魔王ザイレムの決断を待っている。だが、当の魔王は、玉座に座したまま、ただ静かに目を閉じているだけだった。


その喧騒の中、俺だけが、別のことを考えていた。

戦争のことではない。鈴木という、一人の男のことだ。


(鈴木は、常にトップダウンだ。部下の意見を聞かず、一人で全てを決めている。あの側近も、騎士も、ただの駒に過ぎない…)

俺は、これまでの交渉を振り返る。

(そうだ、奴らには“組織”がない。“法務部”のような、専門家集団がいないんだ)


(では、どうする? 直接的な戦闘力では勝てない。小手先の罠は、いずれ看破される。ならば…)


「…戦いの舞台そのものを、変えてしまえばいい」


(専門知識がなければ戦えない“法廷”のような場所を、この協定の中に作り出すんだ。公平な顔をして、誰も拒否できない形で…そうだ、“委員会”だ!)


俺は、ゆっくりと立ち上がった。

その気配に、言い争っていた将軍たちが、はっとしたように口をつぐむ。


「魔王様」

俺の声は、不思議なほど落ち着いていた。


「一つ、策がございます」



翌日。交渉の席が、再び設けられた。

鈴木は、勝ち誇ったような笑みを浮かべて、俺たちの前に座っている。魔王軍が、屈辱的な条件を呑むのを、確信している顔だ。


「して、結論は出ましたかな、魔王殿?」


その問いに答えたのは、魔王ではなく、俺だった。

「ええ。結論から申し上げますと、あなた方の提案も、そして、我々が先日提示した提案も、どちらも白紙に戻させていただきたい」


「…なんだと?」

鈴木の眉が、ぴくりと動く。


「その代わり、ただ一つ。最後の条項を、この協定に追加することをご提案します。これこそが、真の“公平”と“平和”をもたらすための、唯一の道です」


俺は、新しい羊皮紙を差し出した。

そこに書かれていたのは、たった一つの条文。


『本協定の履行から生じる一切の紛争は、双方3名の代表者で構成される『合同調停委員会』を設置し、その裁定に委ねるものとする。尚、委員会の議決は全会一致を原則とし、正当な理由なく裁定を履行せざる者には、当初の要求賠償額の10倍を課すものとする』


鈴木は、その条文を、食い入るように読んだ。

(…回りくどい上に、馬鹿馬鹿しい提案だ。だが、教皇庁からは早期妥結の圧力がかかっている。勇者殿を、これ以上国境で待機させておくわけにもいかん…。よかろう。このくだらん“委員会”は、奴らにくれてやる花だ。俺は、勝利という結果だけを持ち帰ればいい)


鈴木は、内心の計算を悟られぬよう、尊大に頷いた。

「…よかろう。その提案、飲もう。我らの度量の広さを示す、良い機会だ」


「賢明なるご判断です」


魔王もまた、俺を信じ、静かに頷いた。


こうして、休戦協定に、魔王ザイレムと、人間側代表スズキの、最後の署名がなされた。


その瞬間。

羊皮紙から眩い金色の魔法陣が浮かび上がり、ゴォン…と、城全体に荘厳な鐘の音が一度だけ鳴り響いた。それは、古代より伝わる「契約魔法」が、新たな世界の秩序を承認した証の音だった。



人間側の交渉団が、勝ち誇ったように去っていく。

その後ろ姿が見えなくなると、ボルガが、真っ先に俺に掴みかからんばかりの勢いで詰め寄った。


「おい、マカベ! いったいどういうつもりだ! あの条項では、奴らと我らの力が、完全に五分五分ではないか!」


将軍たちの間にも、不安と不満が渦巻いている。

その中で、俺は、この世界に来て初めて、不敵な笑みを浮かべた。


「五分五-分? いいえ、将軍。あれは、我々の“100対0”での勝利宣言ですよ」


「なんだと?」


「考えてもみてください。専門知識を要する『合同調停委員会』に、人間側は誰を代表として送ってくるでしょう? 騎士ですか? 神官ですか?」


俺は、ゆっくりと続けた。


「ですが、我々には、“専門家”がいます。この、魔王軍法務部が」


「我々が、委員会の議題を設定し、手続きのルールを作り、過去の判例を引用し、彼らを書類の山で溺れさせるのです。国境で鶏が一羽盗まれたという些細な問題も、我々が介入すれば、一年はかかる複雑な国際問題に仕立て上げられます」


「彼らは、我々が作ったルールの土俵の上で、ただ翻弄されるだけ。いずれ、全ての紛争解決を諦めるか、あるいは、我々の言うがままの結論を受け入れるしかなくなる」


「我々は、休戦協定にサインしたのではありません」


俺は、言い切った。


「今後の、両国間の全てのルールを、この『法務部』が決定するという、未来永劫の“支配契約”にサインさせたのです」


シン…と、玉座の間が静まり返る。

やがて、その沈黙を破ったのは、ボルガの、腹の底からの大爆笑だった。


「がっはっはっは! そういうことか! 殴り合いじゃなく、舌で、紙切れで殺すのか! 気に入った! 最高だぜ、お前は!」


ボルガが、俺の背中を、家を壊すような勢いで叩く。

その笑いは、ゼグスへ、骸骨魔術師へ、そして、玉座の間にいる全ての魔族へと伝染していった。


最後に、魔王ザイレムが、心底愉快そうに笑った。

魔王軍に、剣や魔法とは全く違う、新しい「牙」が生まれた。その誕生を、誰もが祝福していた。


――その頃、人間の王国。

鈴木が、玉座の間にいる謎の人物に、膝をついて報告していた。

「…以上です。奴らは、まんまと“委員会”という餌に食いつきました。愚かな魔族どもです」


玉座の影から、静かに手が差し伸べられる。その指には、聖教会の紋章とは真逆の、「漆黒の天秤」をかたどった、重厚な指輪が鈍い光を放っていた。


「そうか。ご苦労だったな、鈴木」

影から、鋼のように冷たい声が響く。


「それでいい。奴らが、つまらぬ手続きにうつつを抜かしている間に、我らは、我らの“真の目的”を果たすまでだ」


その影は、不気味な笑みを浮かべていた。

「――委員会など、しょせんは、余興にすぎんよ」


真の敵は、まだ、その姿を見せていない。

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。HTMLリンクも貼ってあります。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)

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