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第7話 交渉の席は、戦場である

「――俺の昔の、使えない部下に、喋り方がそっくりだ」


鈴木の、侮蔑に満ちた言葉が、静まり返った玉座の間に響き渡る。

ボルガやゼグスたち将軍も、そして魔王ザイレムさえも、この個人的な攻撃の意図を測りかね、訝しげな視線を俺と鈴木の間で行き来させていた。

鈴木の後ろに控える側近や騎士たちも、代表の唐突な言動に戸惑っている。


心臓が、一度だけ、大きく跳ねた。

だが、もう恐怖はない。あるのは、氷のように冷たい、静かな怒りだけだ。


俺は、表情一つ変えずに、ゆっくりと口を開いた。


「私の経歴は、この交渉に一切関係ありません。それとも、鈴木殿の言う『交渉』とは、個人的な感想を述べる場の事でしたか? でしたら、我々も魔王軍としての“感想”を、武力にてお伝えする準備がございますが」


俺の言葉に、鈴木の顔がひくりと引きつった。

彼の隣に控えていた、フードを目深にかぶった側近が、そっと彼に耳打ちする。

「鈴木様、ここは冷静に…挑発に乗っては、相手の思う壺です」


「…ふん」

鈴木は、わざとらしく咳払いをすると、再び作り物の笑みを浮かべた。

「失礼。では、その“法務部長”殿の、ご高説とやらを伺おうか」


俺は、その挑発を意にも介さず、用意していた羊皮紙――魔王軍側の協定案――を提示した。


「こちらが、我々の提案です」


鈴木は、それを鼻で笑いながら受け取ると、ざっと目を通す。

やがて、心底馬鹿にしたような声で言った。

「…なんだこれは。『度量衡の統一』? 『関税なき自由貿易』? 子供のままごとかね? 我々が求めているのは、具体的な賠償と、安全の保証なのだが」


「ええ、その安全を、この協定が保証するのです」

俺は、静かに反論した。


「鈴木殿。あなたの案では、我々は永遠にあなた方の“盾”となる。しかし、我々の案では、魔王軍と人間は、初めて“対等な隣人”となるのです」


「対等、だと?」


「はい。例えば、『度量衡の統一』。これにより、双方の取引は円滑になり、経済は活性化するでしょう」

「『自由貿易』は、互いの産物を交換し、双方の民の暮らしを豊かにします。この自由貿易区域では、関税を相互に完全撤廃します。我々の試算では、これにより交易量は初年度で15%以上増加し、双方に少なくとも5万ゴールド以上の経済効果が見込めます。これは、まさしく“Win-Win”の関係です。さらに、国境に我々が管理する『自由貿易区域』を設けるのです。そこは、人間たちの富と、そして何より、人間側のあらゆる“情報”が集積する、最高の諜報拠点となります」

「『国境紛争に関する共同調査委員会』は、不毛な小競り合いを防ぎ、真の平和をもたらします」


俺は、あくまで「双方の利益」を強調する。

鈴木は、眉をひそめ、何かを言おうとするが、その理屈には、表向き、反論のしようがない。


その時だった。

それまで黙って話を聞いていたボルガが、唸るような声で言った。

「…なるほどな。そういうことか、マカベ!」


彼は、数時間前の戦略会議でのやり取りを、完全に理解していた。

「がっはっは! 『円滑な取引』に『豊かな暮らし』か! 聞こえはいいが、要するに、秤をごまかして富を奪い、商人のフリをして情報を抜き、揉め事をでっち上げて堂々と国境を越える、ということだろう! この悪党め!」


ボルガの、あまりにも明け透けな解説に、ゼグスが「…ボルガ、少し黙れ」と低く制する。

だが、そのゼグスの口元にも、かすかな笑みが浮かんでいた。将軍たちは、俺の策略の真意を理解し、この状況を楽しんでいるのだ。


魔王軍側の、不穏だが、どこか余裕のある空気に、鈴木の顔から笑みが完全に消えた。

彼は、自分が知略で追い詰められ、道化を演じさせられていることに、ようやく気づいたのだ。


「…ふざけたことを」

鈴木の、冷静さを装っていた仮面が、ついに剥がれ落ちる。

「貴様ら魔族どもが、我々と対等だと? 思い上がるのも、大概にしろ!」


彼は、机を強く叩き、勢いよく立ち上がった。


「戯言は、そこまでにしてもらおう」

その声は、怒りに震えていた。


「この協定を飲まぬのなら、“勇者様”による『平和的介入』が、明日にも再開されることになる。一日だけ待ってやる。それまでに、我々の寛大な提案を受け入れるか、それとも滅びの道を選ぶか、決めることだな!」


そう言い放つと、鈴木は踵を返し、足早に玉座の間から去っていった。

彼の後ろで、フードの側近が顔を青ざめさせ、隣の騎士に小声で囁いた。

「…鈴木様のあの激昂は、計算通りなのでしょうか…?」

騎士は何も答えず、ただ厳しい表情で我々魔王軍側を一瞥してから、慌てて主君の後に続いた。


後に残されたのは、重い沈黙と、将軍たちの焦りの表情。

そして、「勇者」という、抗いがたい脅威だけだった。

魔王軍は、交渉決裂という、最大の危機に直面していた。


――その頃、人間領のとある港町。

活気ある市場の喧騒をよそに、港の一角では、“聖教会”の紋章が刻印された巨大な木箱が、大型の商船に次々と運び込まれていた。「魔王軍との交易準備」という名目の下、その木箱の中身が、穀物や織物ではなく、整然と並べられた大量の武具であることを知る者は、誰もいなかった。

船の積荷目録には、重い金貨袋を受け取った港湾官吏の震える文字で、ただ「緊急支援物資:農具および鉄塊」とだけ記されていた。

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。HTMLリンクも貼ってあります。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)

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