第5話 第一回・魔王軍戦略会議
オーク部隊のストライキを解決した翌日。
俺、真壁 仁は、魔王軍の最高幹部たちが集う、重々しい雰囲気の円卓会議に召集されていた。
議題は、もちろん「対人間・休戦協定案」の策定。
つまり、史上初の「魔王軍法務戦略会議」である。
玉座に座す魔王ザイレムを筆頭に、剛勇のオーク将軍ボルガ、冷徹なリザードマン将軍ゼグス、そして博識の骸骨魔術師が席に着いている。いずれも、一騎当千の猛者たちだ。
そんな中に、戦闘力ゼロの俺が一人。場違い感も甚だしい。
「さて、法務部長マカベよ」
魔王ザイレムが、その地響きのような声で口火を切った。
「三日間の猶予を与えたが、協定案の腹案はできたか?」
「はっ。本日は、その骨子について皆様にご審議いただきたく」
俺は立ち上がり、用意した羊皮紙を広げた。
「まず、我々の基本方針についてご説明します。我々が目指すべきは、『魔王軍が一方的に有利になるだけの契約書』ではありません」
「なにぃ!?」
早速、ボルガが眉を吊り上げた。「貴様、何を言っておるのだ! 我らが有利にならずして、何のための協定か!」
「おっしゃる通りです、ボルガ将軍。ですが、あまりに露骨な要求は、相手に交渉決裂の口実を与えるだけです。我々が目指すべきは、『一見、どこまでも公平で、人間側も喜んでサインする。しかし、その条文の解釈と運用によって、長期的に、静かに、そして合法的に、我々が利益を得続けられる』、そんな契約書です」
俺の言葉に、将軍たちは怪訝な顔で顔を見合わせる。
俺は構わず続けた。
「参考までに、皆様が考える『魔王軍の利益となる条項』をお聞かせ願えますか?」
その言葉に、ボルガが待ってましたとばかりに叫んだ。
「うむ! まずは、人間どもに毎月、食用の肉を1000トン貢がせる! それから、美女を100人、生贄として差し出させるのだ!」
(…だろうな)
予想通りの脳筋回答に、俺はこめかみを押さえた。
「ボルガ将軍。その条項を突きつければ、人間側は『魔族はやはり野蛮で、話し合いの通じぬ相手だ』と、勇者を中心により結束を固めるでしょう。交渉は即、決裂です」
「むぅ…」
「では、ゼグス将軍は?」
俺が水を向けると、ゼグスは「人間の主要街道と、港の支配権を要求する」と短く答えた。兵站を重視する彼らしい、戦略的な意見だ。
「それも、おそらく通りません。軍事的な要衝を渡せ、というのは、武器を捨てろと言っているに等しい。彼らが飲むはずがない」
骸骨の魔術師も「人間の魔術師ギルドを解体させ、全ての魔法研究を我らの管理下に置くべきです」と提案したが、これも同様の理由で却下した。
将軍たちの間に、不満げな空気が漂い始める。
「では、貴様ならどうするというのだ!?」
「はい。私が提案したいのは、例えば、こんな条項です」
俺は、羊皮紙に一つの文言を書きつけた。
『魔王軍領と人間領との間における全ての取引において、度量衡は魔王軍の定める基準に統一する』
シン…と、会議室が静まり返った。
やがて、その沈黙を破ったのは、やはりボルガだった。
「…ど、どりょうこう…? なんだそれは。肉より美味いのか?」
「…いえ、重さや長さの単位のことです」
俺は、呆れを通り越して、もはや感心しながら説明した。
「そんなチマチマしたことを決めて、何になるというのだ!」
ボルガが、心底理解できないといった様子で吠える。他の将軍たちも、同じ気持ちのようだった。
「では将軍、一つお伺いします」
俺は、静かに問いかけた。
「例えば、我らが定める“新1キログラム”を『1010グラム』とし、人間側には従来の『1000グラム』のままだと誤認させるのです。彼らにとってそれは、同じ『1キロ』。しかし、毎日鉄100キロと食料100キロを交換すれば、我々は差分の1キロ分の食料を、取引のたびに合法的に得られるのです」
「つまり、一年で約365キロ。兵士一人分の武具一式に相当する鉄を、我々は“無”から得られる。これが、血を流さぬ経済戦争です」
俺がそう締めくくると、将軍たちの顔色が変わった。
ゼグスの冷徹な目がスッと細められ、即座に策略の全貌を理解したように、静かに、しかし深く頷く。
骸骨の魔術師は、顎の骨をカクカクと微かに震わせ、「…なんと。魔法的な欺瞞を一切使わずに、ここまで一方的な“呪い”にも等しい契約を成立させるとは」と、驚嘆の声を漏らした。
そしてボルガは、呆れと感心が入り混じった表情で豪快に笑う。
「血を流さずに、奪い続けるだと…? おいマカベ、お前、見た目によらずとんでもねぇ悪党だな!」
その時だった。
玉座で静かに話を聞いていた魔王ザイレムが、その口元に満足げな笑みを浮かべた。
「…良い。実に、良い。マカベよ、その方針で協定案の作成を続けよ」
魔王の承認。
俺が、この組織のブレーンとして、正式に認められた瞬間だった。
安堵のため息をついた、その時。
バタンッ! と、会議室の扉が勢いよく開かれた。
血相を変えた伝令のスケルトン兵士が、転がり込むように入ってくる。
「も、申し上げます! 人間側の交渉団…! “聖教会”の紋章を掲げた、紫紺のローブの一団が、転移魔法陣にて、まもなく当城に到着いたします! …その者たち、清廉な、しかしどこか底の知れない冷たい魔力をまとっておりました…!」
会議室の空気が、一気に張り詰めた。
戦略会議は終わった。
これから始まるのは――本物の、戦争だ。
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次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。
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