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第4話 ストライキと、二度目の“契約魔法”

オークの将軍ボルガが、玉座の間に転がり込んでくる。

その巨躯は、普段の尊大さが嘘のように、焦りと狼狽に揺れていた。


「魔王様! 人間どもの武具納入が遅れたせいで、装備が行き渡らん! 我がオーク部隊の連中が、これでは戦えんと、全員ストライキに突入しやがりました!」


その報告に、玉座の間の空気が一変する。

魔王ザイレムが、閉じていた真紅の瞳をゆっくりと開いた。その視線は、報告者であるボルガではなく、なぜかまっすぐに俺――真壁 仁を射抜いていた。


(……俺のせいか)


背筋に、冷たい汗が流れるのを感じた。

俺が商人ガメルの悪質な契約を正したことで、結果的に武具の納入が遅延した。そのせいで、最前線を担うオーク部隊が、任務を放棄する事態にまで発展してしまった。

良かれと思ってやった仕事が、とんでもないトラブルを引き起こしてしまったのだ。


「…ボルガ。貴様の部隊の監督不行き届きではないのか?」

骸骨の魔術師が、冷ややかに指摘する。


「ぐっ…! しかし、奴らの言い分も分かるのだ! 丸腰で、あの“聖剣の勇者”と戦えなど、死にに行けと言うようなもの!」

ボルガが、悔しそうに拳を握りしめる。彼の粗暴な言動は、部下を想うが故のものらしかった。


玉座の魔王は、黙して語らない。だが、その沈黙は、明らかに「どうする?」と俺に問うていた。

試されている。法務部長としての、真価を。


俺は覚悟を決め、一歩前に出た。

「…ボルガ将軍。そのストライキ、私が解決しましょう」


「なにを!? 貴様のようなひょろひょろの人間に何ができる!」


「交渉です」

俺は、きっぱりと言い切った。

「力ではなく、法と言葉で、彼らを説得してみせます。その代わり、いくつかお力添えいただきたい」


俺は、ボルガに二つのことを要求した。

一つ、オーク部隊全員の「雇用契約書」の写し。

二つ、彼らの装備に関する「補給部」への要求書と、納入実績の記録。


怪訝な顔をするボルガを、魔王が「マカベに任せよ」と一言で制した。

こうして俺は、膨大な羊皮紙の束を抱え、魔王軍で最も血の気の多い連中が立てこもる、兵舎へと向かうことになった。



オーク部隊の兵舎は、怒号と不満の熱気で満ちていた。

屈強なオークたちが、武器の代わりに酒瓶や肉の骨を手に、口々に不満を叫んでいる。


「やってられるか! 新しい鎧もなしに、人間の騎士団と戦えるかよ!」

「俺の斧なんか、もう刃こぼれだらけだぜ!」


俺がボルガ将軍に連れられて姿を現すと、その場の全ての視線が、憎悪と侮蔑の色を帯びて俺に突き刺さった。


「なんだ、あいつは?」

「新しい生贄か?」


「静まれ、お前ら!」

ボルガが一喝する。「こいつは、新しく法務部長になったマカベだ。お前らの話を聞きに来た」


その言葉に、オークたちの中から、一際体格のいい、古傷だらけのオークが進み出た。彼が、このストライキの首謀者らしい。

「法務部長だと? へっ、書類仕事の役人が、俺たちの気持ちが分かってたまるか!」


「ええ、分かりません」

俺は、即答した。

「戦場の過酷さも、武器一つで生死が分かれる恐怖も、俺には分からない。だが」


俺は、手にしていた羊皮紙の束を掲げて見せた。

「あなた方が、この魔王軍と、どのような“契約”を結んでいるかは、分かります」


俺は、彼らの雇用契約書の一文を読み上げた。

「『軍団員は、その職務遂行に適したる武具を、軍より貸与される権利を有する』。ここに、そう書かれています」


兵舎が、わずかにざわつく。


「あなた方の要求は、当然の“権利”です。そして、その権利が履行されていない以上、これは軍側の**“契約不履行デフォルト”**に当たる可能性がある」


俺の言葉に、オークたちの目の色が変わった。憎悪と侮蔑が、驚きと興味へと。


「俺は、あなた方を罰しに来たのではない。あなた方の正当な権利を守るために来ました」

俺は、その場で羊皮紙を広げ、一枚の新しい書類を書きつけ始めた。


「これは、『労働環境改善要求書』です。あなた方の要求――適切な武具の即時支給、危険手当の増額、そして今後の補給体制の保証――を、正式な書面として、魔王様に提出します」


古傷のオークが、唾を飲み込む音が聞こえた。

「…そんな紙切れ一枚で、何が変わるってんだ」


「全てが変わります」

俺は、ペンを置き、その要求書に指を触れた。


「なぜなら、これはただの紙切れではない。あなた方と、魔王軍との、新しい“契約”になるのですから」


俺は、再び“契約言語リーガル・ルーン”を紡いだ。今度は、罰するためではない。守るために。

「当事者は、互いの権利を尊重し、誠実に義務を履行せよ!」


シャリン…と、どこか清らかな鈴の音が響く。それと同時に、要求書に触れた俺の指先から放たれた金色の光が、まるで意志を持つかのように、文字そのものを編み上げ、強固な“約束”の結界を構築していく。


「この要求書に、あなた方の代表として署名してほしい。そうすれば、これは魔王軍全体を拘束する、絶対的な効力を持つ」


俺がそう告げると、古傷のオークは、仲間たちと顔を見合わせた。

そして、ゆっくりと俺の前に進み出ると、ごつごつした指で、震えながらペンを握った。

彼は、自分の名前を、力強く書き記した。


その瞬間、要求書が眩い光を放ち、その内容は、兵舎にいる全てのオークたちの脳裏に、確かな“約束”として刻み込まれた。

古傷のオークは、ふっと息を吐くと、自分のゴツゴツした手と、光り輝く要求書を見比べる。

「…へっ、そこらの盾より、よっぽど守られてる気分だぜ」

その呟きには、長年の不満が氷解したかのような、晴れやかな響きがあった。



結局、ストライキは、一滴の血も流れずに終結した。

それどころか、オークたちの士気は、以前よりも遥かに高まっていた。


兵舎からの帰り道、ボルガが、どこか照れくさそうに口を開いた。

「…マカベよ。お前、すげぇな。俺の知る限り、あいつらが力以外のもので納得したのは、初めてだ」


「いえ、俺は当然のことをしたまでです。彼らの権利を守っただけですから」


その言葉に、ボルガは、初めて俺を対等な「戦友」として見るような、力強い笑みを浮かべた。

「がっはっは! 気に入ったぜ、法務部長! 今度、一杯おごってやる!」


彼と別れた後、俺は自分の机に戻った。

大きな疲労感と共に、前世では決して味わえなかった、確かな充足感が胸を満たしていた。

俺の仕事は、ただ契約書の穴を探すことじゃない。ルールを作り、組織を、そこにいる者たちを守ることだ。


俺は、書きかけの休戦協定案に視線を落とした。

人間側を出し抜くことだけを考えていた、数時間前の自分を恥じた。


(違うな…)

俺が作るべきは、魔王軍が一方的に有利になるだけの契約書じゃない。

戦争という、最も理不尽な状況に、公平で、誠実で、そして誰もが納得するような「ルール」をもたらすこと。


それが、この世界における、俺の本当の仕事なのかもしれない。


俺は、新しい羊皮紙を取り出した。

その顔には、もはや社畜の面影はなく、一人の法務家としての、静かな覚悟が宿っていた。


――これこそが、真壁 仁流・魔王軍法務の在り方だ。

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。HTMLリンクも貼ってあります。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です。

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話を更新しています。(Xアカウント:@tukimatirefrain)

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