第39話 最初の"休暇申請書"
魔王城の大広間。
真壁の「辞退します」という言葉が、静まり返った玉座の間に響き渡った。
「なっ、何を言っているんだ!」
「あの巨大プロジェクトを、今更放棄すると!」
「英雄が敵前逃亡か!」
将軍たちが色めき立ち、非難の声が渦巻く。
ボルガとゼグスだけが、腕を組み、黙って真壁を見つめている。
真壁は、騒ぎ立てる将軍たちを制するように、言葉を続けた。
「理由は、私の能力不足、そして健康上の問題です。現状のまま続行すれば、私は倒れ、計画は頓挫し、魔王軍に多大な損害を与えることになります。これは、私が最も避けねばならぬ"契約不履行"です」
彼は、自分の胸に手を当てた。
「私は、私自身の"法"に違反しました。これ以上の職務続行は不可能です」
将軍たちの非難が、再び真壁に集中しようとした、その時。
「ふっ……くくく、あーっはっはっは!」
魔王ザイレムの、地を揺るがすような哄笑が響き渡った。
「ようやく気づいたか、愚か者めが!」
ザイレムは玉座から立ち上がり、真壁を見下ろす。
「貴様が壊れれば、この軍の"頭脳"は失われる。貴様が倒れれば、貴様が築いた"法"は機能不全に陥る。聖法神王国の再建など、どうでもよいわ!」
魔王は、真壁を指差す。
「法務部長・真壁 仁。貴様の最も重要な仕事は、"生き延びること"だ。そして、貴様がいなくとも回る"組織"を完成させることだ。違うか?」
真壁は、魔王の言葉を受け、深く頭を下げた。
「……御意」
「よろしい」と魔王は頷いた。「辞退は承認する。プロジェクトはゼグスとアーカーシャに命じ、規模を縮小して再検討させよ」
そして、真壁は懐からもう一枚の羊皮紙を取り出した。
それは、彼が昨夜、リアナと共に作成した書類だった。
「つきましては、魔王陛下。私が制定した『計画的年次有給休暇制度』に基づき、本日より二週間の休暇を申請いたします」
魔王は一瞬きょとんとし、そして再び腹を抱えて笑った。
「許可する! 存分に怠けてくるがよい!」
法務部の執務室では、すでに引き継ぎの準備が進められていた。
休暇中の代理として、リアナ、クラウス、そして新たに副部長に昇格したゴブリンの情報将校が、山積みの書類をテキパキと仕分けている。
真壁は、彼らに向かって深く頭を下げた。
「……皆さん、留守を、よろしくお願いします」
彼らの顔には不安もあったが、それ以上に「任せろ」という決意が漲っていた。
「で、どこに行くんだよ?」
見送りに来たボルガが、ぶっきらぼうに尋ねた。
真壁は、簡素な旅支度を肩にかけながら、振り返った。
その顔には、前世では一度も見せたことのない、本当の笑顔が浮かんでいた。
「国境の温泉街です。……まだ一度も、使ってなかったので」
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