第38話 "自分"との契約
医務室から追い出されるようにして、真壁は自らの執務室に戻った。
ボルガの怒声、ゼグスの指摘、アーカーシャの失望、クラウスの嘆き。
そして、リアナの突きつけた、自分自身の「法」。
ガチャン、と内側から鍵をかけた。
羊皮紙の塔がそびえ立つ、見慣れた机。
だが、彼は椅子に座ることさえできなかった。
壁に背を預け、ずるずると床に座り込む。
(なぜだ)
ペンを握らなければ。計画書を修正しなければ。仕事が、止まる。
なのに、指一本動かない。
(なぜ、こんなことに)
脳裏に、あの蛍光灯の明滅するオフィスが蘇る。
嘲るように笑う、上司・鈴木の顔。
『真壁くんはさあ、"価値"がないよね』
『お前のかわりなんて、いくらでもいるんだよ』
『成果を出せ。成果で示せ。それ以外のお前に何の意味がある?』
(……ああ、そうか)
真壁は、自分の震える手を見つめた。
(俺は、怖かったんだ)
この世界に来て、魔王に、ボルガに、ゼグスに、仲間たちに「必要」とされた。
それが、どれほど嬉しかったことか。
だが、もし、この成果を出し続けられなかったら?
もし、俺が完璧でなくなったら?
また、捨てられるんじゃないか。
また、「価値がない」と、言われるんじゃないか――。
「……俺は、最低だ」
自己嫌悪に、膝に顔を埋める。
その時、静かに扉がノックされた。
「部長。私です、リアナです。……入ります」
鍵はかけたはずだった。だが、リアナはアーカーシャから預かっていたという合鍵で、静かに入室した。
彼女は、床にうずくまる真壁を見ても驚かなかった。
ただ、その隣に、そっと腰を下ろした。
執務室に、重い沈黙が流れる。
やがて、リアナがぽつり、と語り始めた。
「私も、ずっと怖かったんです」
真壁が、ゆっくりと顔を上げる。
「私は、没落貴族の娘です。聖法神王国では、私の"価値"は、より高い地位の貴族と結婚するための道具でしかありませんでした。だから、"価値"を証明し続けなければ生き残れないと、ずっと思っていました」
彼女は、先ほど医務室で突きつけた羊皮紙を、真壁の手にそっと握らせた。
「でも、あなたがここで作った法は……"全ての人には、生まれながらの尊厳がある"と定めている。それは、能力や成果とは関係なく、そこに"いる"だけで保証されるものだと」
リアナは、真壁の目をまっすぐに見つめた。
「その法は、あなた自身にも、適用されるんですよ、真壁部長」
その瞬間、真壁の中で、硬く張り詰めていた何かが、堰を切ったように壊れた。
「う……ぁ……」
声にならない嗚咽が漏れる。
前世で過労死した時も、この世界に転生した時も、一度も泣けなかった。
「価値のない自分」が泣くことなど、許されないと思っていた。
だが、今は違った。
「すまない……すまなかった……!」
彼は、握りしめた羊P氏に顔をうずめ、子供のように声を上げて泣いた。
涙が枯れる頃、真壁は顔を上げた。
その目には、もう前世の怯えはなかった。
「リアナさん、ありがとう。……決めたよ」
翌朝。
魔王城の大広間に、緊急の将軍会議が招集された。
やつれ、しかしその目だけが異様なほど澄んだ真壁が、魔王の前に進み出る。
集まった将Nたちの訝しむ視線が、彼に突き刺さる。
真壁は、魔王と全員の前で、深く一礼した。
そして、宣言した。
「私は、聖法神王国の再建依頼を、辞退します」
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