第34話 “再教育”という名の対話
魔王との命を賭した契約から数日後。
かつて捕虜収容所だった区画の一角に、簡素ながらも真新しい「臨時市民学教習所」が開設された。黒板と、丸太を並べただけの長椅子。ここが、歴史上初めて、魔族が人間に「法」を教える教室となった。
最初の生徒は、騎士団長フレデリクをはじめとする、元・聖法神王国の騎士たち。
彼らは、戸惑いと、未だ拭えぬ疑念、そしてわずかな希望が入り混じった複雑な表情で、席に着いていた。
その教壇に立つのは、俺、真壁 仁だった。
「――これより、第一課程『契約法および統治機構入門』の講義を始める」
俺の言葉に、騎士たちがざわめく。
俺は構わず、講義を続けた。
「諸君が、今、ここに座り、俺の話を聞いている。これもまた、一つの“契約”だ。諸君には講義を聞く義務があり、同時に、安全な環境と、一日三度の食事を保障される権利がある。なぜなら、魔王軍が定めた『戦時捕虜待遇規定』が、それを命じているからだ。法とは、支配者が弱者を縛るためのものではない。全ての者が、等しく尊厳を保つための、最低限のルールなのだ」
次に教壇に立ったのは、リアナとクラウスだった。
第二課程「比較社会学」。
リアナは、元外交官としての知見から、聖法神王国の、王侯貴族が全てを支配する封建的な身分制度がいかに硬直的で、不平等なものであるかを、淡々と、しかし容赦なく解説した。
続いてクラウスが、自らの実体験を元に、兵士が使い捨てにされる“ブラック”な騎士団の、生々しい実態を語った。
彼らの言葉は、フレデリクたちがこれまで信じてきた「忠誠」や「名誉」という価値観が、いかに一部の権力者のために都合よく利用されてきたかを、残酷なまでに浮き彫りにした。
そして、最も効果的だったのが、第三課程「社会労働実習」だった。
希望者は、ドワーフの工匠長カルドの監督の下、自分たちが破壊した城壁の修復作業に参加する。
最初は、誰もが「悪魔にこき使われるのか」と、屈辱に顔を歪めていた。
だが、その現実は、彼らの想像とは全く違った。
作業現場では、ドワーフも、オークも、特区の住民も、そして元・捕虜である彼らも、誰もが等しく汗を流していた。
そして、一日の労働が終わると、その働きに応じて、全員に「臨時通貨」が支払われた。その通貨で、彼らは温かい食事や、甘い酒、故郷の物産品などを、自らの手で買うことができた。
「公正な労働には、公正な対価が支払われる」
その、あまりに当たり前で、しかし、彼らが人生で一度も経験したことのなかったシステム。
それは、どんな雄弁な講義よりも、雄弁に、彼らの凝り固まった価値観を、内側から溶かしていった。
もちろん、反発がなかったわけではない。
講義中、フレデリクは何度も、神学論争やイデオロギー闘争を俺に仕掛けてきた。
だが、その度に、俺は論理で、リアナは歴史で、クラウスは実体験で、彼の主張を一つひとつ丁寧に、しかし完全に論破していった。
そして、運命の日。
講義中の質疑応答で、何かを振り払うように、フレデリクが立ち上がった。
その目は、これまでにないほど真剣だった。
「…貴殿の法は、確かに合理的で、公正だ。それは、認めよう。だが、そこには“魂”がない!」
彼の、魂の叫びが、教室に響き渡る。
「我らが神に代わる、貴殿らが信じる“中心”とは、一体何なのだ!」
それは、この再教育プログラムの、そして俺自身の思想の、核心を突く問いだった。
俺が、言葉に窮した、その時だった。
バタンッ!と、教室の扉が、乱暴に開かれた。
血相を変えた、ゴブリンの伝令が、息も絶え絶えに叫ぶ。
「ほう、報告! 人間領の密偵より、緊急連絡!」
「聖法神王国――」
「内乱により、崩壊ッ!!」
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