第33話 “勝利”の代償と、新たな“負債”
特区防衛の勝利に、魔王軍は沸き立っていた。
ボルガ率いるオーク部隊は祝杯をあげ、人間特区の住民たちも、自らの手で街を守り抜いたという事実に、新たな誇りを胸にしていた。
だが、その熱狂の裏側で、俺の法務部と、ゼグスが率いる兵站部は、静かな悲鳴を上げていた。
問題は、数千人規模に膨れ上がった、聖法神王国の捕虜たちだ。
彼らを収容するための施設の増設、食料、医薬品、そして監視のための人員。そのコストは、俺の想定を遥かに超え、ゼグスが管理する軍の備蓄を、危険なレベルまで日々圧迫していた。
戦争には勝った。だが、我々は今、経済的に“敗北”しつつあったのだ。
その渦中、騎士団長フレデリクが、俺との公式な会談を要求してきた。
会談の場に現れた彼は、もはや一軍の将ではなく、ただの求道者のような、静かで、そして憔悴しきった顔をしていた。
「法務部長殿」
フレデリクは、深く頭を下げた。「先日の戦、そして、その後の捕虜への処遇。私は、この目で真実を見た」
彼は、自らが信じてきた正義がいかに狂信的で醜いものであったか、そして、悪魔と蔑んでいた魔王軍が、いかに規律と慈悲を兼ね備えていたかを、淡々と語った。
「私が信じた神は、私に何も与えてはくれなかった。ただ、憎しみを煽るだけだった。だが、貴殿が築いた“法”は、敵である我らにさえ、尊厳を与えてくれた」
彼は、その瞳に真摯な光を宿し、俺に願い出た。
「私は、貴殿が築いた“法”の正体を知りたい。それが、我らが信じた神よりも、民を正しく導くものであるならば…」
「私と、私の部下たちを、この特区の一員として、加えてはいただけないだろうか」
前代未聞の、敵将による集団亡命の申し出。
その報告は、最高幹部会議を、これまでにない深刻さで二分した。
「罠だッ!」
ボルガが、テーブルを叩きつけて叫ぶ。「決まっている! 奴らを城内に入れれば、必ず内側から我らを食い破るぞ! 俺は断固反対だ!」
「私も、反対せざるを得ません」
ゼグスが、冷静に、しかし厳しい口調で続く。「純粋に、兵站が持ちません。これ以上の人口増加は、軍全体の共倒れを招きます」
骸骨魔術師アーカーシャもまた、その魂のない眼窩で俺を見据えた。
「…法務部長殿。思想や信仰というものは、貴殿が考えるほど、甘いものではない。異なる信仰体系を持つ集団を、そう易々と変えられると思うな。思想の汚染は、疫病よりも恐ろしいぞ」
三人の将軍の、あまりにも正論な反対意見。
誰もが、この提案を拒絶するしかないと考えていた。
だが、俺は違った。
俺は、静かに立ち上がり、断言した。
「皆様。これは、我々の“法”が、一国の軍隊の“魂”を、完全に打ち負かした証です」
「彼らを、敵としてではなく、我々の一員として更生させることができたなら、それは、どんな軍事的な勝利よりも雄弁に、我々の正当性を世界に示すことになるでしょう」
そして、俺は、さらに常軌を逸した提案を口にした。
捕虜たちに対する、段階的な「転向教育プログラム」の実施を。
会議室は、もはや怒りを通り越して、呆れたような沈黙に包まれた。
その沈黙を破ったのは、玉座で全てを聞いていた、魔王ザイレムの、腹の底からの哄笑だった。
「ククク…クハハハハハ!」
魔王は、腹を抱えて笑っていた。
「面白い! 実に面白いぞ、マカベ! 敵兵の魂ごと、戦利品にするか!」
やがて、笑い声が収まると、魔王はその真紅の瞳で、俺を射抜いた。
「よかろう、やってみせよ」
その許可に、俺が安堵のため息をつこうとした、その時。
魔王は、凍えるような、絶対零度の声で、付け加えた。
「だが、もし、その“教え子”が、一匹でも我らに牙を剥いた時」
「その責任は、貴様自身が、その身をもって償うことになる」
「覚悟は、よいな?」
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