表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【祝2000PV】魔王軍の法務部  作者: 月待ルフラン【第1回Nola原作大賞早期受賞】
第7編:“国家”の創造と、異文化共生の法整備編
26/39

第26話 最初の“住民”と、住民憲章

「――ここは、俺たちを効率よく管理するための、ただの収容所ゲットーだ」


「漆黒の天秤」のスパイが蒔いた、その毒の種は、過酷な労働と将来への不安を抱える人間たちの心に、驚くべき速さで根を張り、芽吹いていった。

あれほど希望に満ちていた建設現場の空気は、日を追うごとに淀み、疑心暗鬼が支配するようになっていく。

工具が「事故」で壊され、資材が「紛失」する。些細なことで、人間同士の諍いが頻発する。かつての熱気は、どこにもなかった。


そして、ついにその不満は、臨界点に達した。

人間労働者の中から選ばれた代表団が、建設現場の中央で作業を放棄し、俺に面会を要求してきたのだ。


「我々は、奴隷になるためにここに来たのではない!」

代表の男は、集まった人間たちの前で、俺に挑戦的に言い放った。「この不当な労働環境の改善と、我々の身分の保証を! それが認められぬ限り、建設作業には一切応じられん!」


その言葉に、警備についていたボルガの眉が、ピクリと動いた。

「…貴様ら、魔王様の慈悲を忘れたか。これ以上、勝手を言うなら、力ずくで…」


「お待ちください、将軍」

俺は、ボルガの肩を、静かに手で制した。

ここで力を用いれば、スパイの思う壺だ。噂が、真実になってしまう。


俺は、代表団と、その周りに集まった全ての人間たちに向き直り、宣言した。

「…分かりました。あなた方の不安は、もっともです。では、話し合いましょう。一週間後、この広場で、『第一回・特区住民説明会』を開催します」



一週間後。

建設中の広場は、不安と期待が入り混じった、数千の人間たちで埋め尽くされていた。

俺は、ボルガ、ゼグス、そしてクラウスを伴い、その壇上に立った。


俺はまず、都市計画の全容を、改めて彼らに公開した。

「この上下水道は、あなた方を疫病から守るためにあります。このゾーニングは、あなた方が静かで快適な生活を送るためにあります。この経済システムは、あなた方が正当な労働の対価を得て、尊厳ある暮らしを築くためにあります」


俺は、全てのインフラや制度が、彼らを管理するためではなく、彼らの生活を豊かにするために設計されていることを、一つひとつ、丁寧に説明した。

ざわめきが、少しずつ、静かな傾聴へと変わっていく。


そして、俺は最後の切り札として、一枚の羊皮紙を、高く掲げた。

俺がこの一週間、魂を込めて書き上げた、「人間特区住民憲章」だった。

俺がそれを掲げた瞬間、沈みかけた夕日が雲間から差し込み、その羊皮紙をまるで後光のように、黄金色に輝かせた。


「――これより、この特区における、全ての住民の権利と義務を定めた、最高法規を公布する!」


俺は、その条文を、ゆっくりと読み上げていった。

「第一条、法の下の平等。何人も、人種、信条、性別によって差別されない」

「第二条、不当な労働の禁止。全ての住民は、安全な環境で働き、正当な報酬を得る権利を有する」

「第三条、自治権の付与。住民は、自ら代表者を選出し、『代議院』を組織する。特区内の立法、行政、予算に関する全ての事項は、この代議院の承認を必要とする」


どよめきが、今度は驚嘆の波となって、広場全体に広がっていく。

自分たちの未来を、自分たちで決められる「権利」。それは、彼らが人間領の、どんな国でも、決して与えられなかったものだった。


その時だった。

傍に控えていたクラウスが、静かに一歩前に出た。


「皆、聞いてほしい!」

彼の、凛とした声が、広場に響き渡る。

「俺は、この魔王軍で、たった一人、人間として受け入れられた。そして、知ったのだ。ここで問われるのは、種族ではない。個人の尊厳と、その働きだということを!」


彼は、俺が掲げる住民憲章を、力強く指さした。

「この憲章は、我々を縛るものではない! 我々を、一人の人間として、守るための、最強の盾だ!」


最初の“転職者”である彼の、魂の叫び。

広場の大半の人間は心を打たれ、希望の光を見出していた。しかし、後方の一角からは、まだ消えぬ疑念の囁きが聞こえる。「口では何とでも言える」「どうせ、俺たちは魔族の掌の上だ」。


その声を聞き届けたクラウスは、彼らに向かって力強く告げる。

「ならば、その疑いを、我々自身の手で晴らそうではないか! この憲章に定められた、最初の『代議院』選挙こそが、我々の未来を決める試金石だ!」


俺は、住民憲章に、静かに【契約魔法】を発動させた。

金色の光の粒子が、広場に集う数千の人々の間に、雪のように舞い降り、降り注いでいく。その優しい光は、彼らの不安げにこわばっていた顔を、驚きへ、そして、ゆっくりと希望に満ちた表情へと変えていくのが、壇上の俺からもはっきりと見えた。



最初の住居区画が完成し、人間たちは、もはや労働者ではなく、誇りある「住民」として、新たな生活を始めた。

混沌から、確かな秩序が生まれた瞬間だった。


――だが、その光は、あまりに強すぎたのかもしれない。


その頃、人間側の王国。

「漆黒の天秤」の指輪を持つ、影の人物は、忌々しげに報告を聞いていた。


「…物理的な妨害は、失敗に終わりましたか」

影は、静かに呟いた。

「人間と魔族が、手を取り合うだと? 愚かな。混沌から生まれるのは、さらなる混沌だけだ。真の“秩序”とは、絶対的な力の下にのみ成立する。あの不浄の街は、我らが神聖なる世界を汚す“病巣”。早期に、浄化せねばなるまい」


その冷たい瞳が、机に置かれた、一枚の羊皮紙に向けられる。

それは、先日、魔王軍と締結されたばかりの、休戦協定書だった。


「ならば、法で攻めればいい」

影は、不気味な笑みを浮かべた。


「協定には、『合同調停委員会』の設置が定められていたな」

「次の委員会を、招集せよ」

「議題は、『魔王軍による、不法な我が国国民の拉致、および、強制労働について』だ」


敵は、俺が作った土俵の上で、俺に法廷闘争を挑んでくる。

より狡猾に、より強大になって。

本当の戦いは、まだ始まったばかりだった。

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、他にも作品を連載しているので、ご興味ある方はぜひご覧ください。HTMLリンクも掲載しています。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等更新しています。

作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/

Xアカウント:@tukimatirefrain

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ