第25話 “都市計画”という名の契約書
魔王直々の勅命を受けた俺は、もはや一人の法務家ではなかった。
一つの街を、いや、一つの社会をゼロから創造する、プロジェクトマネージャー。そのあまりの重責に、眩暈すら覚える。
だが、立ち止まっている時間はない。城門前で、数千の人間たちが、俺の決断を待っているのだから。
俺はまず、この壮大なプロジェクトを推進するための、専門家チームを結成することから始めた。
「――以上が、今回の『人間特区建設計画』の基本構想です。皆様のご協力をお願いしたい」
俺のオフィスに集まってもらったのは、魔王軍が誇る、各分野のスペシャリストたちだった。
土木・建築担当として、ドワーフ族の工匠長、カルドを招いた。頑固で無愛想だが、その腕は魔王軍一と謳われる伝説の職人だ。
物流・資材担当は、言わずと知れた、リザードマンの将軍ゼグス。彼の存在なくして、この計画は成り立たない。
そして、人間文化顧問として、騎士のクラウスにも参加を要請した。彼こそが、人間たちが何を求め、何を不満に思うかを、誰よりも理解している。
「…ふん。人間のために、俺たちドワーフの技術を使え、と? 気のいい話だな」
カルドが、その剛毛の髭を揺らしながら、不満げに腕を組む。
無理もない。彼らにとって、人間は長年の敵だったのだから。
俺は、言葉で返す代わりに、テーブルの上に、巨大な一枚の羊皮紙を広げた。
それは、あくまで「基本設計」だった。だが、その一枚を巡り、俺たちは三日三晩、議論を重ねた。
俺が提示する近代的な概念を、カルドがドワーフの技術で具体的な構造へと落とし込み、ゼグスが兵站の観点からその実現可能性を検証し、クラウスが人間心理の観点から修正を加えていく。
そうして、テーブルの上に広げられた詳細な都市設計図は、もはや俺一人のものではなかった。種族を超えた、最高の専門家チームの、知性の結晶だった。
「まず、街を三つの区画に分けます。『住居地域』『商業地域』そして『工業地域』です。これを“ゾーニング”と言います」
俺は、設計図の一画を指さす。「住居の隣に、騒音や煤煙を出す鍛冶場があれば、住民は安眠できない。衛生状態も悪化する。生活の質を保つため、用途ごとに地域を明確に区分するのです」
「次に、インフラです」
俺は、設計図に描かれた、網の目のような線を示した。「これは、上水道と下水道の配管図です。清潔な水を各戸に供給し、汚水は一箇所に集めて処理する。これにより、疫病の発生を未然に防ぎます」
その言葉に、カルドは設計図を睨みつけたまま、長い沈黙に陥った。
(…馬鹿な。我らドワーフが、数百年かけて地下都市で培ってきた治水技術が…この人間の描いた、ただの線に劣るというのか…?)
悔しさと、それ以上に、未知の技術に対する職人としての好奇心が、彼の心を激しく揺さぶる。やがて、彼は顔を上げ、設計図の一点を、その太い指で突きつけた。
「…だが、この構造では水圧が足りん! 途中で勾配を変え、我が一族に伝わる『水圧制御のルーン』を刻む必要がある! それに、廃棄物処理場には、汚泥を分解する『スライム浄化槽』を併設すべきだ!」
彼は、もはや反対していなかった。この壮大な挑戦の、一人の当事者として、その瞳を輝かせていた。
最後に、俺は経済について説明した。
「建設作業に従事した人間には、この特区内でのみ使用可能な『臨時通貨』を支払います。彼らは、その通貨を使い、商業地域に設置された共同配給所で、食料や物資と交換できる。働けば、生活が豊かになる。この“経済循環システム”が、彼らの労働意欲を刺激し、街の初期経済を活性化させるのです」
ゼグスが、その冷徹な目に、深い感嘆の色を浮かべていた。
クラウスもまた、「…素晴らしい。これなら、誰も搾取されることなく、自らの働きで尊厳を得られる…」と、感動に声を震わせている。
俺の計画は、もはや誰にも止められなかった。
カルドの指揮の下、ドワーフ族が誇る土木技術と、人間たちの圧倒的な労働力が融合。ゼグスが構築した、完璧なロジスティクスによって、資材は一日と滞ることなく現場に届けられる。
特区の建設は、魔族たちですら舌を巻く、驚異的なスピードで進んでいった。
荒れ果てた平原が、日を追うごとに、秩序ある街へと姿を変えていく。
その光景は、まさしく「建国」の槌音そのものだった。
――だが、その希望に満ちた槌音の裏で、不穏な影が、静かに蠢いていた。
建設現場の片隅。
休憩時間、疲労困憊の人間たちが、配給された粗末な食事を口に運んでいる。
その輪の中に、人の良さそうな笑みを浮かべた、一人の男がいた。先日、労働者として新たに登録された、新入りの一人だ。
彼は、同情するように頷きながら、周りの者たちに囁いた。
「もちろん、法務部長殿の善意は、俺も信じている。俺たちのために、必死でやってくれているんだろうさ」
一度、信頼を口にすることで、彼は巧みに相手の警戒を解く。
「…だがな。善意による管理も、管理は管理だ。俺たちは、いつの間にか、彼らの掌の上で、気持ちよく踊らされているだけなんじゃないのか…?」
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