第24話 人材の洪水と、城門の混乱
魔王城の城門前は、かつてない混乱の渦中にあった。
クラウスの「ホワイト転職」の噂を聞きつけ、人間領から逃れてきた者たちが、日を追うごとにその数を増し、今や数千人規模の野営地を形成するに至っていたのだ。
騎士、傭兵、鍛冶師に、農民まで。その誰もが、魔王軍という“新しい職場”に、最後の希望を託して集まってきていた。
だが、その希望の光は、魔王軍にとっては悪夢そのものだった。
「おい、水と食料をこっちに回せ! 子供が泣いてるんだ!」
「これ以上、前には行かせられん! 持ち場を死守しろ!」
オークやゴブリンの兵士たちは、もはや戦士ではなく、警備員と炊き出し係に成り果て、その顔には疲労の色が濃く浮かんでいる。野営地の衛生状態は悪化の一途をたどり、いつ疫病が発生してもおかしくない、危険な状態だった。
「――これが、貴様の言っていた“広報戦略”の結果か! マカベ!」
緊急招集された最高幹部会議の席で、ボルガの怒声が轟いた。
「これでは、どちらが城を包囲しているのか分からんではないか!」
兵站を司るゼグスも、悲鳴に近い声で続く。
「法務部長殿、緊急事態です。このままでは、備蓄食糧が数日で完全に底をつきます。我が兵站は、戦闘のためにあるのであって、炊き出しのためにあるのではありません!」
アーカーシャもまた、冷静だが厳しい口調で警告した。
「不衛生な環境は、未知の疫病が蔓延する温床となる。一度発生すれば、人間だけでなく、我ら魔族にも被害が及ぶやもしれん」
将軍たちの焦燥と非難が、被告人席にいるかのような俺に、集中砲火となって突き刺さる。
この未曾有の事態を引き起こした責任は、間違いなく俺にある。
魔王ザイレムが、玉座から静かに俺を見下ろしている。
ここで無策を晒せば、俺がこれまで築き上げてきたもの全てが、水泡に帰すだろう。
俺は、一度、深く息を吸い込んだ。
そして、この混沌を収めるための、唯一にして、最も壮大な計画を提示した。
「皆様。もはや、一人ずつ面接している時間はありません」
俺の声に、将軍たちが、はっとしたように口をつぐむ。
「彼らを受け入れるための、“器”そのものを、我々の手で創り出すのです」
俺は、壁に広げられた魔王軍領の地図の一点を指さした。
国境都市リベルタスにほど近い、広大な未開拓地。
「ここに、彼らが自給自足できる、隔離された新しい街――『人間特別行政区』を建設します」
会議室が、どよめきに包まれた。
俺は、構わず続けた。
「無秩序に受け入れれば、今の混乱が続くだけです。しかし、管理された区画に彼らを収容し、その労働力を、街の建設という生産的な活動へと転換させる。食料も、住居も、彼ら自身の力で得させるのです。これにより、セキュリティと、兵站の問題は、同時に解決できます」
それは、単なる難民対策ではなかった。
混沌から、新たな秩序を創造するための、壮大な都市開発計画。
将軍たちが、その構想のスケールの大きさに、言葉を失って呆然とする中。
玉座の魔王ザイレムが、喉の奥で、くつくつと笑い始めた。
やがて、その笑いは、玉座の間全体を震わせる、満足げな哄笑へと変わった。
「面白い。実に面白いぞ、マカベ」
魔王は、その真紅の瞳で、俺をまっすぐに見据えた。
「我が領土に、人間のための街を造るか。よかろう」
「貴様の言う“法”が、国を創れるものか、この余に見せてみよ」
その瞬間、俺の肩に、これまでの比ではない、あまりに重い責務がのしかかった。
法務部長から、都市開発のプロジェクトマネージャーへ。
俺の、本当の意味での「異世界での仕事」が、今、始まろうとしていた。
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