第23話 真の“同僚”
「――やはり人間が、我らの仲間を手にかけたぞ!」
訓練場に響き渡った、憎悪に満ちた叫び。
それが、魔王軍全体を揺るがす、新たな嵐の始まりだった。
崖下に転落したオーク兵は、幸い一命を取り留めたものの、全身を強打し、重傷を負った。
この一報は、瞬く間に城内を駆け巡った。
「あの人間は、模擬戦にかこつけて、我らの仲間を殺そうとしたのだ!」
「人間の本性は、やはり裏切りと欺瞞に満ちている!」
一度は鎮静化したはずのクラウスへの不信と敵意が、抑えきれない濁流となって、再び噴出する。
オーク兵たちは、クラウスの身柄を拘束し、「反逆者」として即刻処刑するよう、魔王に詰め寄った。
現場に駆けつけたボルガは、血気にはやる部下たちと、一人静かに佇むクラウスとの間で、苦渋の決断を迫られていた。
「…法務部長を呼べ」
ボルガは、そう短く命じると、クラウスを“保護”という名目で、一旦、営倉へと入れた。 lynchingを防ぐための、彼なりの精一杯の判断だった。
◇
報告を受けた俺は、直ちに魔王ザイレムに謁見し、進言した。
「魔王様。本件、感情による裁定は、必ずや軍内に亀裂を生みます。どうか、私に“法”に基づく、公正な調査を行う許可を」
魔王は、静かに頷いた。
「許す。貴様の法が、この難局を乗り越えられるか、見せてもらおう」
俺は、直ちに「公正調査委員会」を設置した。
メンバーは、俺と、中立な立場のゼグス。そして、オブザーバーとして、魔王軍の軍規を司る古参の将軍にも加わってもらった。
調査は、困難を極めた。
オークの兵士たちは、誰もが口を揃えて「クラウスが、卑劣な手で仲間を崖から突き落とした」と証言する。彼らの目には、もはや偏見というフィルターがかかっており、客観的な事実が見えなくなっていた。
俺は、調査の基本に立ち返った。
徹底的な、現場検証だ。
訓練場の地面に残された、無数の足跡。崖の縁の、土の崩れ方。それらをつぶさに検分していくうち、一つの仮説が浮かび上がってきた。
崖の縁に残された足跡は、クラウスのものではなく、重傷を負ったオーク兵のもの一つだけだった。しかも、その踏み込みは、明らかにバランスを崩した、前のめりのものだ。
(…クラウスは、突き落としていない。むしろ、これは…)
仮説を裏付けたのは、意外な協力者たちだった。
ゴブリンの情報部隊が、俺の元へ、こっそりと一つの情報をもたらしたのだ。
「…旦那。俺たち、聞いてたんだ」
「あのオーク、試合の前に仲間たちに、『見てろよ。あの人間の化けの皮を、俺が剥がしてやる』って、息巻いてたぜ」
功を焦った、無謀な突撃。
全てのピースが、繋がった。
◇
数日後。調査委員会による、最終報告の場が設けられた。
ボルガを含む、全部隊の兵士たちが見守る中、俺は、淡々と調査結果を報告した。
現場の状況証拠。
目撃者たちの証言の、僅かな矛盾。
そして、ゴブリンたちがもたらした、決定的な証言。
「――以上の事実から、委員会は、以下の結論に達しました」
俺は、一度言葉を切り、法廷にいる全員を見渡した。
「本件は、クラウス殿による、敵意に基づいた傷害事件ではありません。訓練中に発生した、偶発的な“労働災害”にあたります」
“労働災害”。
その、聞き慣れない言葉に、オークたちがざわめく。
俺は、続けた。
「よって、軍規に基づき、負傷した兵士には、治療費全額と、十分な見舞金が支給されるべきです。そして、無実の罪を着せられ、精神的苦痛を受けたクラウス殿には、軍として、正式な謝罪がなされるべきである、と結論いたします」
その、あまりに公平で、そして誰も予想しなかった裁定に、訓練場は静まり返った。
その沈黙を破ったのは、担架で運ばれてきていた、当事者のオーク兵だった。
彼は、自らの過ちを悟り、そして、それでもなお自分を切り捨てなかった、俺の裁定に、涙を流していた。
「…クラウス殿。皆。…悪かったのは、俺の方だ。あんたを認めようとせず、功を焦った、俺が…」
その言葉が、全ての雪解けの始まりだった。
ボルガが、ゆっくりとクラウスの前に進み出ると、その肩を、今度は信頼のこもった力で、強く叩いた。
「…悪かったな。お前の剣は、本物だ」
そして、彼は全部隊員に向き直り、雷鳴のような声で、宣言した。
「今日から、お前は俺の部下だ! 文句のある奴は、前に出ろ!」
その言葉に、今度は、万雷の拍手が湧き起こった。
クラウスは、魔王軍という、新しい“職場”で、真の“同僚”を得たのだ。
その噂は、尾ひれがついて、瞬く間に人間領全土に広まった。
「魔王軍では、人間でも、能力さえあれば、公正に評価されるらしい」
「それどころか、退職金や年金まで出る、とんでもない“ホワイト”な職場だそうだ」
そして、数週間後。
俺の法務部のオフィスは、新たな、そして、さらに深刻な問題に直面していた。
「ま、真壁部長! 大変です! 城門の前に、また…!」
ゴブリンの部下が、悲鳴のような声を上げる。
俺のオフィスの前には、魔王軍への“転職”を希望する、人間たちの、長蛇の列ができていた。
その数は、もはや個人の採用でどうにかなるレベルを、遥かに超えていた。
それは、もはや単なる人事問題ではない。
魔王軍の、そして、この世界のあり方を、根本から変えかねない、新たな時代の、幕開けだった。
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