第21話 史上初の“雇用契約書”
静まり返った面接室に、人間の騎士――クラウスと名乗った――の、か細いが、芯のある声が響いていた。
「…私が所属していた銀獅子騎士団は、もはや騎士団ではありません。ただの、私兵集団です」
彼は、ボロボロになった自らの鎧を、悔しそうに撫でた。
「手柄は、全て上官のもの。補給は常に滞り、我々は見捨てられた駒のように、最前線に送られ続ける。仲間たちは、犬死と言ってもいいような死に方で、次々と散っていきました。…そんな場所に、もはや忠誠も、名誉も、捧げるものなど何もありません」
クラウスの言葉は、リアナから聞いた情報と、完全に一致していた。その瞳には、嘘や欺瞞の色はなく、ただ絶望と、それでもなお何かを求める、誠実な光が宿っていた。
俺は、彼の話を最後まで聞き終えると、静かに頷いた。
「…分かりました。あなたの覚悟は、理解しました」
俺は、採用を内定した。
◇
「――採用だと!? 正気か、マカベ!」
俺の決定を報告すると、将軍会議は再び紛糾した。ボルガが、今にも俺に掴みかからんばかりの勢いで叫ぶ。
「ええ、採用です」
俺は、少しも臆さなかった。「彼のスキルと経験は、必ずや我が軍の利益となります。何より、彼の“転職”は、人間側の組織がいかに腐敗しているかを内外に示す、最高のプロパガンダです」
「だが、人間だぞ! どうやって、その忠誠を縛るのだ!」
「そのために」
俺は、一枚の新しい羊皮紙をテーブルに広げた。「彼を“奴隷”や“捕虜”としてではなく、正式な“職員”として迎えます。そして、その証として、権利と義務を明記した、この『雇用契約書』を締結するのです」
将軍たちが、その羊皮紙を覗き込む。
そこには、彼らが聞いたこともない、異質な条項が並んでいた。
「…しゅひ、ぎむ?」
ボルガが、子供のように首を傾げる。
「守秘義務契約(NDA)です」と俺は解説する。「彼が職務上知り得た、我が軍の機密情報を、理由なく外部に漏洩した場合、厳罰に処す、という条項です」
「そしてこちらが、競業避止義務。彼がもし、我が軍を退職した場合、その後一定期間は、敵対する他の軍事組織に再就職することを禁じます」
「さらに、最初の三ヶ月は『試用期間』とします。この期間で、我々が彼の能力と忠誠心を最終的に見極め、正式に採用するかどうかを判断するのです」
俺の説明に、将軍たちは、呆気にとられたように顔を見合わせている。
やがて、一人の将軍が、嘲笑うように言った。
「…笑わせる。たかが紙切れ一つで、人間の心を縛れるとでも言うのかね?」
「ええ、縛れます」
俺は、断言した。
「この契約書には、私の【契約魔法】で魂そのものに誓約を刻みます。物理的な鎖による拘束より、遥かに強力で、逃れることはできません」
俺は、ゆっくりと続けた。
「ですが、それ以上に重要なことがあります」
「それは、彼に“対等な個人”としての尊厳を与えること。権利を与え、義務を課す。物ではなく、人として扱う。それこそが、彼の心からの忠誠心を引き出す、最高の“縛り”となるのです」
俺の言葉に、会議室は静まり返った。
それは、力と支配しか知らなかった彼らにとって、全く新しい、組織と個人の関係性の提示だった。
◇
リアナ・フォルセの通訳を介し、クラウスは、俺が作成した雇用契約書の説明を受けていた。
彼の目は、条文の一つひとつを追うごとに、驚きに見開かれていく。
「私に…権利を? 休暇を取得する権利、正当な武具の貸与を求める権利、そして、不当な命令を拒否する権利…?」
その声は、信じられないといった響きで震えていた。
「物ではなく、人として、私を扱ってくれるというのか…」
彼の目から、一筋の涙がこぼれ落ちた。
それは、前世で、俺自身が流したかった涙なのかもしれない。
クラウスは、感動のあまり震える手で、ペンを握りしめ、羊皮紙に自らの名を刻もうとした。
その、瞬間だった。
「――待った」
重々しい声と共に、会議室の扉が開き、オークの将軍ボルガが、腕を組んで立っていた。
「契約だか何だか知らねえが、そいつをどこに配属させるつもりだ?」
ボルガは、その鋭い目で、クラウスを射抜いた。
「もし、そいつを試すというのなら…俺の目の届くところで、その実力とやらを、たっぷりと見させてもらうぞ」
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