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第17話 オークたちの“戦術的投資”

人間側の陰謀を退け、魔王軍の結束は、かつてないほど強固なものとなっていた。

俺の法務部も正式な部署として城内にオフィスを構え、補給システムは円滑に機能し、合同調停委員会は俺の独擅場。全ては、順調に進んでいるように見えた。


――だが、俺は気づいてしまった。

ゼグスから毎日提出される、膨大な「戦果報告データ」の中に、静かに灯る“危険信号”に。


「…ボルガ将軍の、オーク部隊」

俺は、最高幹部会議の席で、一枚の羊皮紙をテーブルに滑らせた。

「ここ一ヶ月の、人間側との小競り合いにおける負傷率が、15%上昇。装備の損耗率に至っては、22%も悪化しています」


そのデータに、当のボルガが一番驚いていた。

「な、なんだと!? 俺の部隊が、そんなに不甲斐ない戦いを…!?」


「いいえ、将軍。これは、兵士たちの勇気や忠誠心の問題ではありません」

俺は、もう一枚のグラフを提示する。

「原因は、明白です。彼らは、慢性的な“疲労”状態にあるのです」


最前線で戦い続けるオーク部隊は、休戦協定後も、最も緊張を強いられる持ち場にいた。小さな休みはあっても、心身が完全に回復するほどの休息は、与えられていない。その結果が、この数字だった。


俺は、静かに、しかし力強く、自らの提案を口にした。

「――ここに、『計画的交代制休暇制度』の導入を、正式に提案いたします」


その瞬間、会議室の空気が凍り付いた。

最初に異を唱えたのは、古参の将軍の一人、ゴート族の老将だった。


「…正気か、法務部長。部隊をまとめて休ませるなど、敵に『ここが弱点です』と教えてやるようなものだ!」

「その通り!」と、別の将軍も続く。「戦士は戦場で戦い、名誉の内に死ぬのが本望! 骨休めなど、兵士を軟弱にするだけだ!」


精神論の嵐。前世のブラック企業で聞き飽きた台詞だ。

だが、彼らの懸念は、それだけではなかった。


「もう一つ、見過ごせぬ問題がある」

冷静なゼグスが、最も本質的な問いを投げかける。「休暇中の兵士が、酒場で暴れる、軍の機密を漏らすといった、規律を乱す行動に出た場合、その責任は誰が取るのだ?」


もっともな懸念だった。無法者集団である魔王軍に、「休暇」という概念そのものが、存在しなかったのだから。


将軍たちの反論に対し、俺はただ、静かに首を横に振った。

「皆様、根本的な誤解をされている」


俺は、再びデータを指し示した。

「疲労は、兵士の判断力を鈍らせ、集中力を奪います。その結果が、この負傷率と、高価な装備の損耗率の悪化です。これは、無駄な負傷であり、無駄なコストです」


「私が提案しているのは、“休息”ではありません」

俺は、言い切った。


「これは、失われた戦闘能力を回復させ、未来の勝利のために備える**“戦闘能力の再生産”という名の、“戦術的投資”**なのです」


“休息”ではなく“投資”。

その新しい価値観に、将軍たちは言葉を失った。


俺は、畳み掛ける。

「もちろん、リスクは承知しています。ですから、まずはボルガ将軍のオーク部隊を対象に、試験的に導入しましょう。部隊全員を一度に休ませるのではなく、最低限の防衛戦力を維持しつつ、数名ずつのグループで交代させる、『分割ローテーション制』で」


俺の理路整然とした説明と、リスク管理まで織り込んだ提案に、もはや誰も反論できなかった。

魔王ザイレムの承認の下、魔王軍史上初となる「休暇制度」の試験導入が、決定された。



数日後。

休暇の第一陣に選ばれたオークたちは、戸惑いを隠せずにいた。

「…本当に、休んでいいのか?」

「戦場で仲間が戦っている時に、俺たちだけ…」


休むことに、罪悪感すら覚えているようだった。

そんな彼らを、俺は城下の温泉郷へと連れて行った。補給部の予算で借り切った、巨大な岩風呂だ。

最初は恐る恐る湯に浸かっていたオークたちも、その身を芯から温める心地よさに、次第に雄叫びのような歓声を上げ始めた。


さらに、宿舎では俺が考案した娯楽――チェスや将棋を魔王軍風にアレンジした、陣取りボードゲーム――を提供した。

最初はルールも分からず戸惑っていた彼らが、数時間後には「待ったは無しだ!」「そっちこそ、イカサマしただろう!」と、童心に返って熱中している。


戦いを忘れ、ただ純粋に心と体を休ませる時間。

それは、彼らが生まれて初めて経験する、最高に贅沢な時間だった。


そして、休暇明け。

効果は、劇的だった。


訓練場に現れた彼らは、休暇前とは比較にならないほどの集中力と、気力の充実ぶりを見せた。模擬戦では、休暇を取っていない部隊を圧倒し、その練度は、データ上でも明らかに20%以上向上していた。


「…すげぇな、マカベ! あいつら、まるで別人じゃねえか!」

ボルガが、心底感心したように俺の肩を叩く。

改革は、成功した。


その報告を終えた夜。

俺のオフィスに、リザードマンの将軍ゼグスが、一人で訪ねてきた。

休暇制度の成功を、彼も喜んでくれているのだろう。そう思った俺の予想は、しかし、彼の表情を見て、すぐに裏切られた。

そこに浮かんでいたのは、安堵ではなく、深い苦渋の色だった。


「…マカベ。お前の改革は、正しい。だが…」

ゼグスは、言葉を選びながら、ゆっくりと口を開いた。


「我がリザードマン部隊に、50年もの長きにわたり、軍に仕えてきた老兵がいる」

「先日の人間との小競り合いで、肩に深い傷を負った。もう、剣は握れん」


彼の声が、わずかに震える。


「…何の保障もないまま、ただ故郷の沼に帰すしかないのだ。年老い、傷ついた戦士に、未来はない」

「それを見ている、他の若い兵たちの士気が…日に日に、落ちていく…」

ご覧いただきありがとうございました。感想や評価、ブックマークで応援いただけますと幸いです。また、他にも作品を連載しているので、ご興味ある方はぜひご覧ください。HTMLリンクも掲載しています。

次回は基本的に20時過ぎ、または不定期で公開予定です

活動報告やX(旧Twitter)でも制作裏話等更新しています。

作者マイページ:https://mypage.syosetu.com/1166591/

Xアカウント:@tukimatirefrain

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