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第14話 見えざる敵の証拠(インビジブル・エビデンス)

裁判まで、あと三日。

俺のオフィス――玉座の間の片隅にある机には、アーカーシャが告発の根拠とした、膨大なデータの写しが山と積まれていた。

その数値は、何度見返しても、揺るぎようのない「事実」だった。アンデッド軍団への物資供給が、改革後に激減している。これは、紛れもない真実だ。


(ダメだ…このデータそのものを、否定することはできない)


事実で殴られては、どんな論理も意味をなさない。

では、どうする?


俺は、思考の角度を変えた。

問題は、データが正しいかどうかではない。

その「データが作られた意図」にこそ、敵の本当の狙いが隠されているはずだ。


(これは、単なる内部告発じゃない。俺を失脚させ、魔王軍を内部から分断させるための、巧妙に仕組まれた“情報戦”だ)


仮説は立った。だが、証拠がない。

このままでは、俺はただの無能な独裁者として、断罪されるだけだ。


その夜、俺は、数少ない信じてくれる者たちに、自らの仮説を打ち明けた。

オークの将軍ボルガ。

リザードマンの将軍ゼグス。

意外にも、彼らは俺の話を、ただ黙って聞いてくれた。


「…つまり、マカベ」

最初に口を開いたのは、ゼグスだった。「お前は、誰かが意図的に、この状況を作り出したと考えているのだな?」


「はい。アーカーシャ殿は、おそらく、その誰かに利用されているに過ぎない。彼の軍団を想う純粋な気持ちを、逆手に取られているのです」


「…くだらん!」

ボルガが、拳で机を叩く。「そんな回りくどいことを! だが、もしそれが本当なら、俺はてめぇを信じるぜ! 何をすりゃいい! 言え!」


その言葉が、どれだけ心強かったことか。

俺は、二人に協力を仰いだ。


「ゼグス将軍には、ご自身の物流部隊の、過去三ヶ月分の全記録を徹底的に洗い直していただきたい。データのどこかに、不自然な偏りや、改竄の痕跡がないか」

「ボルガ将軍には、ご自身の部隊の兵士たちに、聞き取り調査をお願いします。改革後、本当に不満の声が上がっているのか。それとも、士気は上がっているのか。兵士たちの“生の声”を、証言として集めていただきたい」


二人は、力強く頷き、それぞれの持ち場へと駆けていった。

孤独ではなかった。俺にはまだ、共に戦ってくれる仲間がいた。


その時だった。

「――面白い仮説ですね」

静かな声に振り返ると、そこに立っていたのは、人間側のオブザーバーとして城に滞在している、リアナ・フォルセだった。聖教会の紋章をつけたローブをまとった、謎めいた女性。


「それは、典型的な情報戦の手口です」

彼女は、俺の机の上のデータを一瞥し、静かに言った。

「客観的な事実データに、主観的な悪意(噂)を混ぜ込むことで、疑念を増幅させる……人間側の権力争いでは、常套手段ですよ」


「…あなたはいったい、何者なんですか?」


「今はまだ、あなたの“味方”とだけ。そうですね…お近づきの印に、一つ、情報を差し上げましょう。この城には、私以外にも、何人か、人間側の“目”が紛れ込んでいるようです。特に、あの元・補給部長タウルスと、親しく言葉を交わしている者を、何度か見かけました」


リアナは、それだけ言うと、静かにその場を去っていった。

彼女の言葉は、俺の仮説が、妄想ではないことを裏付けていた。



裁判前夜。

ゼグスが、血相を変えて俺のオフィスに飛び込んできた。


「マカベ! 見つけたぞ!」

彼が突き出した羊皮紙には、びっしりと細かい文字と数字が書き連ねてあった。


「これは、補給システムの魔法的なログ記録だ。一見、何も問題はない。だが、ログの最深部を解析した結果、奇妙な痕跡が見つかった」


ゼグスは、羊皮紙の一点を指さす。

「特定の物資――アンデッド軍団向けの魔力触媒や、特殊な防腐剤――の輸送記録だけが、ごく短い時間、別の記録に“上書き”され、そしてすぐに元に戻されている。これは、誰かが意図的に、アーカーシャ殿の部隊への補給が滞っているように見せかけるため、データを改竄した、動かぬ証拠だ!」


やった!

俺は、思わず拳を握りしめた。

これで、アーカーシャの提示したデータが、人為的に作られたものであることを証明できる。


だが、喜びも束の間、俺はすぐに壁に突き当たった。


(待てよ…)

(この証拠は、データが改竄されたことを示すだけだ。誰がやったかまでは、証明できない)


おそらく、タウルスの一派だろう。だが、物証がない。

これでは、ただの内部の権力争いで終わってしまう。

人間側のスパイが、裏で糸を引いているという、奴らの本当の目的――魔王軍の分断――を、法廷で暴くことができない。


決定的な、一手が足りない。

裁判は、明日。

時間だけが、刻一刻と過ぎていく。

俺は、まだ、勝機を見出せないでいた。

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