第12話 影の中の囁き
真壁 仁による、補給部の“敵対的買収”から、一ヶ月が過ぎた。
その成果は、誰の目にも明らかだった。
「がっはっは! 見ろ、マカベ! 武器も、鎧も、全て新品だ! これなら、人間どもの騎士団なんぞ、物の数ではないわ!」
最前線のオーク部隊では、ボルガ将軍が真新しい戦斧を振り回し、上機嫌で吠えている。彼の部隊には、潤沢な食料と、最新鋭の武具が、滞りなく供給されていた。兵士たちの士気は、かつてないほどに高まっている。
ゼグス将軍の部隊も同様だった。
「…完璧だ、法務部長。全ての物資が、一日と狂わず、計画通りに届いている。これほどの兵站、我が魔王軍史上、初めてのことだ」
彼の言葉には、最大限の賛辞が込められていた。
俺の改革は、成功した。
古くからの癒着や、非効率な慣習を一掃し、全ての物資の流れを、契約書と台帳に基づく、近代的で公平なシステムへと変えたのだ。魔王ザイレムからの評価も高く、俺は、名実ともに、魔王軍の中枢を担う存在となっていた。
だが、俺はまだ知らなかった。
光が強まれば、影もまた、濃くなるということを。
◇
――その頃、人間の王国。
玉座の間に座す、影の人物――その指には、「漆黒の天秤」をかたどった指輪が、鈍い光を放っていた――は、フードの側近からの報告を受けていた。
「…以上です。真壁 仁の改革により、魔王軍の兵站は、以前とは比べ物にならないほど強化されています。特に、オークやリザードマンといった、主戦力部隊への優遇は顕著です」
「ふむ…」
影は、楽しげに頷いた。「つまり、他の者たちから見れば、それは“不公平”にも映る、ということだな?」
「はっ。その通りでございます。彼は、組織を強化していますが、同時に、古い慣習を重んじる者たちや、改革の恩恵を受けられぬ者たちの“不満”も生み出しています」
「そうか。変化の時こそ、組織は最も脆くなる。種を蒔く、絶好の機会だな」
影は、静かに、しかし確信に満ちた声で命じた。
「…蒔け。我らが友、ミノタウロスのタウルス殿の手を借りてな。疑惑の種を、疑心暗鬼の種を、そして、反逆の種を」
「御意に」
フードの側近は、深く頭を下げ、その場から姿を消した。
◇
その数日後から、魔王城内に、不穏な噂が流れ始めた。
最初は、些細な囁きだった。
「おい、聞いたか? 新しい補給システムになってから、俺たちゴブリン部隊への配給が減ったらしいぜ」
「アンデッドの連中も、魔術触媒が足りなくて困ってるってよ」
その囁きは、日を追うごとに、悪意に満ちた“事実”へと姿を変えていった。
「新しい補給システムは、ボルガやゼグスの部隊ばかりを優遇している!」
「あの人間は、いずれ魔王様を裏切り、自分の息のかかった将軍たちと共に、この軍を乗っ取るつもりだ!」
噂の出所は、言うまでもなく、追放されたミノタウロスのタウルスとその一派だった。
そして、彼らに情報と、効果的な噂の流布方法を囁いているのが、あのフードの側近――人間側のスパイであることは、まだ誰も知らなかった。
変化は、静かに、だが確実に、魔王軍を蝕んでいく。
かつて俺を称賛した将軍たちの間にさえ、見えない溝が生まれ始めていた。
そして、その悪意の刃は、ついに、俺が最も予期せぬ人物へと向けられた。
その日、玉座の間は、かつてないほどの緊張に包まれていた。
骸骨の魔術師が、俺の目の前に、一体のアンデッド兵士を連れてきていた。その兵士の体は、魔力不足のせいで、端からボロボロと崩れかけている。
彼は、魔法で作り出した光の板に、グラフと数値を映し出した。
「魔王様、ご覧ください! これが改革前後の、我がアンデッド軍団への物資配給量です!」
その声は、怒りに震えていた。
「一般兵への食糧配給は30%減、そして、我らの生命線である魔力触媒の供給に至っては、実に70%も削減されている! これでは、我らは干上がるのを待つばかりです!」
骸骨の魔術師、アーカーシャは、その骨の指を、まっすぐに俺に向けた。
これまで、俺の知性を誰よりも評価し、協力してくれていた、彼が。
「法務部長マカベ!」
「貴殿の掲げる“効率化”と“公平”とは、我が軍団を見殺しにすることか!」
「その行い、もはや魔王軍への反逆と断ぜざるを得ない!」
彼は、魔王の前に膝をつき、深く頭を垂れた。
「魔王様! 法務部長マカベを、魔王軍への反逆者として、断罪することを、ここに要求いたします!」
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