第11話 補給部の“敵対的買収”
鉄塊のようなミノタウロスの拳が、俺の顔面に振り下ろされる――その、寸前。
ガギンッ!と、金属同士が激しくぶつかり合う、甲高い音が響き渡った。
間に割って入ったのは、いつの間にか剣を抜いていた、リザードマンの将軍ゼグスだった。
「…タウルス部長。貴殿のその行いは、魔王様への反逆と見なすが、よろしいか」
ゼグスの、氷のように冷たい声が、洞窟倉庫に響く。
「なんだと、ゼグス! 貴様、この俺に逆らうか!」
「逆らうのではない。法を執行するだけだ」
ゼグスの背後から、さらに地響きのような声が続く。振り向けば、いつの間にか、オークの将軍ボルガが、その巨大な戦斧を肩に担いで立っていた。
「おいおい、タウルス。法務部長に手を出すなんざ、いい度胸じゃねえか。そいつは、俺の“ダチ”でな。つまり、この俺と、俺の率いるオーク部隊全員を敵に回すってことだぜ?」
ボルガの言葉に、周囲で様子を窺っていたミノタウロスの一族たちが、明らかに動揺する。
魔王軍の中でも、最強の武力を誇る二人の将軍が、公然と俺の後ろ盾になったのだ。その意味は、誰の目にも明らかだった。
「ぐ…っ、き、貴様ら…!」
タウルスは、憎悪に顔を歪ませながらも、振り上げた拳をゆっくりと下ろす。
だが、彼はまだ諦めてはいなかった。
「ふん、いいだろう! だが、忘れるな! 俺の一族は、500年もの間、この補給部を仕切ってきたんだ! その功績と伝統は、魔王様とて無視できん! 俺をクビにすることなど、誰にもできはしない!」
その、既得権益にしがみつく、醜い叫び。
それは、前世で、俺が何度も聞いてきた言葉だった。
「…そうでしょうか?」
俺は、静かに一歩前に出た。
そして、懐から一枚の、ひどく古びた羊皮紙を取り出した。それは、この数日、補給部の書庫ではなく、城の最深部にある、忘れ去られた「古文書保管庫」で探し出したものだった。
「タウルス部長。あなたの言う通り、あなたの一族が、この部署を長年支えてきたのは事実でしょう。ですが、その“伝統”もまた、法の下にあります」
俺がその羊皮紙を広げると、骸骨の魔術師が、どこからともなく現れ、その隣に立った。
「…なんと。それは、魔王軍創設時に定められた、“組織法”の原本ではないか。よくぞ、これを見つけ出したな、マカベ殿」
彼の声には、純粋な感嘆の色が滲んでいた。
俺は、古文書の一文を、ゆっくりと指でなぞった。
「魔王軍組織法、第72条。『各部隊の長たる者の任期は50年とし、再任には、軍団の半数以上の前線指揮官による、信任投票を必要とする』」
俺がそう読み上げると、タウルスの巨大な顔から、血の気が引いていくのが分かった。
「この規定、ここ200年ほど、忘れられていたようですね。あなたも、そしてあなたの一族も、正式な再任手続きを経ていない。つまり、法的に言えば、あなたの現在の地位は**“無効”**。違法な占拠状態にある、ということです」
玉座で、この一部始終を黙って見ていた魔王ザイレムが、その口元に、全てを楽しんでいるかのような、不敵な笑みを浮かべた。
「…ふっ。面白い。実に面白いぞ、マカベ」
俺は、タウルスに最後通告を突きつけた。
「今この場で、『前線指揮官会議』を招集します。議題は、タウルス部長の“再任”の可否について」
俺は、ボルガとゼグスに向き直る。
「ボルガ将軍、ゼグス将軍。お二人のご意見は?」
ボルガは、ニヤリと笑い、戦斧を床に突き立てた。
「無論、“否決”だ!」
ゼグスもまた、静かに、しかし力強く頷いた。
「同意見だ。異論はない」
過半数の反対。
その瞬間、タウルスの500年にわたる支配は、暴力ではなく、ただ一枚の古文書によって、あっけなく終わりを告げた。
◇
こうして、俺は魔王軍補給部を、合法的に掌握した。
“敵対的買収”の成功だ。
俺は、旧体制を一掃し、全ての物資の流れを、近代的な契約書と台帳に基づいて管理する、公平で効率的な新物流システムの構築に、直ちに着手した。
これで、全ての問題は解決するはずだった。
――だが、俺はまだ知らなかった。
追放され、全てを失ったミノタウロスのタウルスが、その夜、密かに一人の人物と接触していたことを。
それは、人間側の“オブザーバー”として、今も魔王城に滞在を許されている、あのフードの側近だった。
「…法務部長マカベに、一矢報いる手伝いをしていただける、と?」
タウルスの問いに、フードの男は、その影の下で、静かに、そして深く頷いた。
「ええ、もちろん。我々の“利害”は、完全に一致しておりますから」
その声は、甘い蜜のように、復讐に燃える獣の心を、ゆっくりと蝕んでいった。
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