8話 新生活のスタート
朝、目を覚まし、見慣れない部屋にそういえば……と昨日のことを思い出すと同時に、質の良いベッドで眠ったおかげで頗る体の調子が良いことにレイミアは気が付いた。
しばらくベッドの上でぼんやりと過ごしたレイミアは、見計らったように部屋に来てくれたメイド──シュナに「おはようございます」と声をかけた。
「おはようございます、レイミア様。私はメイドですから、敬語は不要でございます」
「そ、そう? じゃあお言葉に甘えて。おはようシュナ」
昨夜から世話をしてくれたシュナ。昨日は疲れていたこともあって挨拶程度の会話しか出来なかったものの、顔見知りの登場にレイミアはふんわりと笑ってみせた。
すると、シュナは僅かに頬を緩めてからベッド際まで歩いて深く腰を折ったのだった。
「改めまして、レイミア様付きのメイドを拝命致しました、魔族のシュナと申します。どうぞよろしくお願い致します」
「えっ、本当に? 嬉しい……! シュナが一緒にいてくれるなら心強いわ……! 公爵様から聞いているかしら? 私は加護の能力が目覚めたばかりの見習い聖女のようなものだけれど、精一杯頑張るつもりだから、よろしくね」
レイミアの言葉や表情から、本当に魔族に対して偏見がないことを再確認したシュナは、「もちろんです」と言って深く頷いた。
(良かった……公爵様と同じように、シュナも快く迎え入れてくれそう)
これでも幼少期は子爵家の令嬢だったので、かなりの時間を共に過ごすことになるメイドの重要性をレイミアは知っている。
そして、あまり表情には出ないようだが、シュナの言葉や気遣いには好意が込められているのだ。
レイミアはそれが嬉しくて、洗顔や着替えの間、ずっと頬を綻ばせたままシュナとの会話を弾ませた。
「それではレイミア様。着替えも済んだことですし、そろそろ朝食のお時間ですからお部屋を移動しましょう。公爵様が朝食を一緒に摂りたいと仰っていましたので」
今日のレイミアの装いは、レモン色のドレス。所々にレースがあしらわれており、清楚で爽やかなものだ。
昨日、シュナが髪の毛を丁寧に洗ってくれたからか、ブラウンの髪には艶があり、ぐっすりと眠ったからか顔の血色も良い気がするし、そこに軽く化粧までしてもらったので、大分令嬢らしい姿になれたことにレイミアが感動したのは記憶に新しい。
ちなみに、シュナにお礼を言ったら「これから毎日美しくして差し上げます」と即答され、何だかおかしくて笑ったのもついさっきのことだ。
「そうね。それじゃあ、行きましょうか!」
正式な妻となるまではヒュースの続き部屋を使うのは抵抗があるだろうと、急遽準備してくれたらしいシンプルな部屋を出たレイミアは、シュナの案内の元ヒュースが待つダイニングルームへと向かう。
(それにしても、広い屋敷ね……)
昨日は意識を失ってこの屋敷に運ばれてきたため分からなかったが、どうやら公爵邸はかなり広いらしい。ポルゴア大神殿もかなりの広さで掃除がそりゃあもう大変だったが、ここの広さは桁違いである。
「レイミア様、こちらの部屋が──」
ダイニングルームへ向かう途中、ヒュースの自室や執務室、中庭の存在などをシュナに教えてもらったレイミアは、案内された部屋の前で足を止めた。
ノックをしてから入室すれば、既に着席しているヒュースに頭を下げた。
「公爵様、おはようございます。お待たせしてしまって申し訳ございません」
「ああ、おはよう。今来たところだから大丈夫だ。ほら、座ると良い」
ヒュースの前と、ヒュースの斜め前に既に用意されている色とりどりの朝食。
レイミアは用意されている席の前まで行くと、わざわざ立ち上がって椅子を引いてくれたヒュースにお礼を言って腰を下ろした。
(あまり大きいテーブルではないから、公爵様との距離はかなり近いわね)
子爵家の生まれとしてマナーの問題はないものの、久しく誰かと食事を摂ったことがなかったレイミアは、緊張した面持ちで居住まいを正す。
「とりあえず食べよう」というヒュースの声に同意したレイミアは、まずは新鮮そうなサラダを一口パクリと口に含んだ。
「おっ、美味しいです……! 昨日の夕食もそうでしたが、美味しすぎてほっぺたが落ちてしまいそうです……! スープも温かくて……パンはふかふかです……幸せです……」
「それは良かった。……因みに、神殿ではどんな食事が提供されたんだ?」
「えっ」
まさかそんな質問をされるとは思わず、レイミアはぎくりと肩を揺らした。
(ど、どう答えましょう……正直に話したら……)
アドリエンヌたちに苛められ、神殿長や神官たちに放置され、その影響で食事を抜かれたり、余り物しか食べられなかったり、一日一食だったこともある。だから、答えるならば、酷いものでした、の一言で済むのだろうけれど。
(公爵様に、心配をかけてしまう気がする)
──ヒュースは優しい。そして、理由はどうあれ大切にすると言ってくれた。
そんなヒュースだから、神殿での仕打ちを話してしまったら、彼は心を痛めるかもしれない。
(……うん。わざわざ公爵様に言う必要はないわね)
そう判断したレイミアは、へらっと笑うと「神殿での食事も美味しかったですよ〜」なんて言って誤魔化す、のだけれど。
「…………。そうか」
(えっ、何だろう今の間……)
ヒュースの声色や表情から、彼の思惑を読み取ることは出来ない。
しかし何かが有りそうな間だったので問いかけようとすると、そんなレイミアよりも先に口を開いたのはヒュースだった。
「そういえばレイミア嬢……いや、レイミアと呼んでも構わないか? 私のこともヒュースで良い」
「はい。……では、ヒュース様とお呼びしますね」
嫁いできた訳だし、名前呼びくらいはおかしな話ではないだろうと、レイミアは深く考えずにヒュースの名前を呼んだのだが。
「……嬉しいものだな。君に名前を呼ばれるのは」
「えっ……」
そう言って、本当に幸せそう笑うものだから、レイミアは何だか恥ずかしくなってくる。
ただ名前で呼んだだけで、特別なことは何もない。大切にすると言われたのも、それは言霊能力を持っているからだというのに。
(こんな反応をされると、ヒュース様に将来の妻として大切にされているのかもしれないと勘違いしそうだわ。…………いや、しないけど、しないけどね)
ブンブンと頭を横に振って、分をわきまえていますよと内心で呟くレイミアは、呼び方を変えようという話の前にヒュースがが何か話題に出そうとしていたことを思い出し、問いかけた。
「ああ、今回レイミアが嫁いできてくれたことについてなんだが」
「と、言いますと?」
「王命ではすぐに結婚せよとの話だったのだが、少し遅らせないかという提案をしようと思ってな」
「……えっ、それは、どうしてでしょう?」
出来る限り冷静にそう問いかけたレイミアだったが、内心はそうではなかった。
(や、やっぱり私では実力不足ということ……!?)
黒目をキョロキョロと動かして動揺を見せるレイミアは、反射的に食具を一度手から放す。
すると、その手の上にゴツゴツとしたヒュースの手が重ねられ、レイミアは瞠目して身体をピクリと弾ませた。
「いきなりの話で要らん心配をさせた、済まない。きちんと説明するから聞いてほしい」
「……は、はい」
頷きながら返事をしたレイミアに、ヒュースは形の良い唇を再び動かし始めたのだった。
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