最終話 貴方に言霊は必要ありませんね
使者の言葉に、レイミアは目を見開いた。
「一命は取り留めたけれど、全身に大きな傷跡が残る、ですか……」
「はい。治癒の加護を持つ聖女の話では、傷が深すぎるから痕は残るだろうと。また、酷い重症だったので、命が助かっただけで奇跡だと思いますが」
アドリエンヌの全身の怪我の数々は、目を逸らしたくなるほどだった。特に頬の深い傷。
大聖女と呼ばれるのには、その美貌も一役買っていたことから、目を覚ましたアドリエンヌは、自身の姿に絶望することだろう。
「そうですか。教えていただきありがとうございます」
「いえ」
「それで、今後のあの女の処遇は?」
アドリエンヌは痛みと傷を負ったわけだが、それも全て身勝手な行動のせいだ。
これだけで済まされるはずはないという圧をかけて問いかけたヒュースに対して、使者は淡々と口を開いた。
「聖女の資格剥奪はもちろん、魔力消滅のブレスレットを付けることは、現時点で確定しています」
ヒュースやレオ、シュナにブランたちが付けているブレスレットは、魔力を制御するものだ。
それに対して、アドリエンヌが付けるものは魔力を消滅させるもので、一度つけたら最後、二度と魔力が体内に宿ることはない。もちろん、加護の能力も発揮することは出来ない。
嘲笑うかのように、加護の紋章だけが残り続けるのだ。
「まあ、妥当だろうな。あんな奴に権力も地位も力も残しておく必要はないだろう。レイミアはどう思う」
「私も同じ意見です。私の次に苦しむ子を作らないためにも、必要な処置だと認識していますわ」
「かしこまりました。ではその他について。これは、まだ未確定なのですが──」
アドリエンヌは回復後、まずは裁判を受けることになる。
レイミアへの行い、王命への違反等々は重罪だが、侯爵家の令嬢ということ、事実はどうあれ大聖女として民の安寧の象徴になったことへの配慮から、一生牢屋暮らしにはならないだろう。
なにより、そんなことをさせても性根の腐ったアドリエンヌは反省しない、税金の無駄遣いだろうという国王の考えもあった。
「そのため、いっときは牢屋で過ごさせ、その後は神殿へ移送いたします」
「神殿へ……? けれど聖女の資格は剥奪するのですよね……? それに魔力も……」
「はい。もちろん、以前と同じ待遇で戻れるわけではありません。どころか……本人からしてみれば、あのまま牢屋で暮らしていたほうが幸せだったかもしれませんね。……まあ、罰ですから」
そんな使者の説明の意味を、レイミアはその時はっきりと理解した。だから──。
「あの、お願いがあるのですが──」
◇◇◇
「どうして私がこんな目にぃぃ……!!」
アドリエンヌは回復後、聖女の資格を剥奪され、魔力が消滅されられたことを告げられた。
その後裁判を受けて罰が確定し、投獄され、再び神殿に戻ってきたアドリエンヌに科された仕事は、清掃係だった。
もちろん、そんなアドリエンヌに同情するものも、手伝うと名乗り出る者は一人も居るはずはなく──。
「ふふ……見てあのアドリエンヌの姿。あの醜い顔の傷……かっわいそうに……それに、這いつくばって床を拭いている姿なんてまるで虫だわ」
「……クソォオ……!!」
見下すような顔をして、クスクスと笑う聖女たち。今までアドリエンヌには嫌味を言われたり、さんざん我が儘を言われてきたのだから、こうなってしまうのもいたしかたないだろう。
しかしその後、思いの外罵詈雑言は続かなかった。
「ちょっと、悪口なんて言ったらレイミア様が悲しまれるわ? 過去に虐めに加担した私たちの謝罪も受け入れて罪を不問にしてくれたような慈悲深いお方を
裏切ってはいけないわ?」
「あっ……そうよね。いけないいけない! 世界で唯一の言霊の加護を持つ大聖女のレイミア様は、自身のような境遇に誰にも遭ってほしくないのだものね。本当にお優しいわ〜」
「本当よね! アドリエンヌのことも不当な扱いはしないようにって、わざわざ陛下の使者にお願いしたんでしょう? 新しい神殿長が言ってたわ! 本当に心が清いお方だわぁ。誰かさんと大違い」
「だーかーらー! そう言うのが駄目なんだってば!」
現在聖女たちは、慈悲深く、世界で唯一の加護を持ちながらも偉ぶらないレイミアのことを崇拝している。勝手に大聖女と呼んでいるくらいだから、相当だろう。
だから、聖女たちはレイミアが悲しむようなことはしたくないし、しないと心に決めているのだ。互いに醜い感情を監視しあって、出来る限りの対処をしていた。
「けれど、これだけは言っておかないとよね」
そんな中、聖女の一人が床を拭いているアドリエンヌの側まで歩いて行く。
「ねぇ、アドリエンヌ」
「なっ、何よ……!!」
アドリエンヌがその聖女を睨みつければ、聖女はニッコリと微笑んで口を開いた。
「えらく悔しそうに清掃をしているけれど、投獄の後にあんたがここに送られてきた理由は、今までレイミア様にしてきたことを、今度は自分自身の身で一生味わう為だったのよ? 私たちに一生虐められることがね、本来の貴方の罰だったの。そこのところ分かってる?」
「は……?」
「レイミア様が居なかったらね、貴方は毎日の食事も、湯浴みも、清潔な服も何もかもなかったのよ? 毎日汚水かけられて、臭いだの汚いだの魔力なしだの罵られて、一生ここで死ぬまで扱き使われるはずだったの。良かったわね? そうならなくて」
一人の聖女がそう言うと、他の聖女もぞろぞろとアドリエンヌの近くまで集まってくる。
そうして、口を揃えたように、こう言うのだった。
「一生レイミア様に──大聖女に感謝しなさいね。あんたはね、レイミア様のおかげでまともな生活ができるのよ。元、大聖女さん」
その言葉を最後に、アドリエンヌの元から聖女たちは去って行く。
一人残されたアドリエンヌは、雑巾を壁に力強く投げ付けた後、鼻息を荒くしながら奥歯をギリリと噛み締めた。
「クソォ……!! クソォ……ッ!!」
虐めていた相手──圧倒的に自分より非力で、何も力を持っていないと持っていたレイミアのおかげで、まともな日々が送れる。
そのことを知ったアドリエンヌは、悔しさとあまりの情けなさに、涙がボロボロと溢れたのだった。
◇◇◇
──とある日のこと。
メクレンブルク公爵邸では、普段と変わらぬ日常が流れていた。
「レイミア様、お疲れ様でございました」
「シュナ、ありがとう。以前に比べて、言霊を使ってもだいぶ魔力を消費しなくなってきたから、これから夫人教育も難なく受けられそう……!」
「それは良うございますね」
定期的にバリオン森林へ出向き、言霊の加護を使って魔物を森林の奥へと誘導し、ヒュースたちの負担を軽くしていたレイミア。
当初は魔力が切れそうになったり、疲労困憊になったりすることがあったものの、今ではもう慣れたものだ。
少しずつ始めていた公爵夫人になるべく教育も順調で、屋敷の皆ともより一層仲を深めることもできている。
もちろん、ヒュースとの仲も、それはそれは良く──。
「レイミア、今から少しなら時間はあるか?」
「ヒュース様! はい、夫人教育までは少し時間がありますので」
突如部屋に入ってきたヒュースにそう問われ、レイミアは満面の笑みを見せる。
いくらレイミアが言霊の能力を使ったとしても、公爵として忙しいヒュースが、日中に部屋を訪ねてくれることはあまりないからだ。
「それなら、庭園を散歩しよう。今はちょうど花が見頃だからな」
「はい……! 喜んで!」
とはいえ、常に寝不足で、昼夜問わず仕事や魔物の討伐ばかりをしていたあのときのことを思えば、ヒュースは大分暇になったのだとか。
顔色もよく、睡眠が取れるようになったことで仕事にも精が出ると言われたことは、記憶に新しかった。
庭園に着くと、──ふわりと、風に吹かれて花が踊るように揺れる中、レイミアとヒュースは手を繋ぎながら歩いて行く。
恥ずかしいながらも、彼の手をギュッと握り返したレイミアは、庭園の美しさに「わあっ」と感嘆の声を漏らした。
「美しいですね……ヒュース様」
見渡す限りの色とりどりの花。公爵邸に来た頃は、ヒュースや屋敷の皆、民のために役に立ちたいからと必死で、言霊を使いすぎで疲れていたこともあってゆっくり見ることが出来なかった庭園だったが、こんなに美しいだなんて知らなかった。
「ああ。本当に……」
「………………。ヒュース様、どこを見ていらっしゃいますか?」
ジッと視線を感じてそう問えば、ヒュースは小さく「ふっ」と笑ってみせた。
「もちろん、レイミアを見ていた」
「……っ、もちろんじゃありませんわ……! 私を見てもつまらないと言いますか……お庭のお花のほうが美しいですし……」
「そんなことはない。私からすれば、レイミアよりも美しいものはないよ」
「〜〜っ」
気持ちの良いそよ風に包み込まれる中、薄っすらと目を細めて笑ったヒュースと視線が絡み合う。
恥ずかしいような、けれどもっと近くで見たいようなそんな感覚に、レイミアの口からは、自然とその言葉が漏れた。
「好きです、ヒュース様……」
「私も、愛している。──レイミア」
──直後、二人の距離が近付いていく。
レイミアが爪先立ちになったのが先だっただろうか。
ヒュースが少し腰を丸めたのが先だっただろうか。
「レイミア、本当に嫌だったら言霊を使え。そうじゃないと止まらない」と切羽詰まったようなヒュースに、レイミア少しキョトンとしてから、小さく首を横に振る。
恥ずかしそうに、けれど嬉しそうに、そっと目を閉じて彼の柔らかなそれを受け入れた。
〜完〜
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