27話 アドリエンヌの末路
「……ヒュース様、アドリエンヌ様は大丈夫でしょうか……」
「さあ、どうだろうな」
──アドリエンヌが魔物に襲われた次の日。
レイミアは遅めの朝食をとるためダイニングルームの席につくと、挨拶もそこそこにアドリエンヌの話題を出した。
やや眉尻を下げるレイミアに対して、ヒュースの表情は普段とあまり変わることはなかった。
現在、大怪我を負ったアドリエンヌはヒュースの指示で、直ぐに神殿へと運ばれている。
一目で重症だと分かったため、病院ではなく、神殿の治癒の加護を持つ聖女に任せたほうが良いという判断だったからだ。
「少なくとも、レイミアのおかげで助かる可能性は上がっただろう。……まあ、私としてはあの女があのままどうなろうと知ったことではないが……生きて、正式に裁きを受けたほうがレイミアの心は晴れるだろうと思ったくらいで」
昨日、アドリエンヌの元へ駆けつけたとき。
レイミアがアドリエンヌの名前を呼んだことで、ヒュースは初めて魔物に襲われたのが憎むべき相手だと知った。
ここにアドリエンヌが来た理由は分からなかったものの、ヒュースは彼女の傷付いた姿を見て、一切同情は湧かなかった。……どころか、口には出さなかったものの、ザマァみろと思ったものだ。言わないが。
しかし、レイミアは違った。
「私のおかげだなんて……それは違います。全てはヒュース様が様々なことを手配してくださったおかげです。私はただ、ヒュース様にお願いしただけですし……」
レイミアはアドリエンヌの容体を見てから、直ぐにヒュースに彼女を神殿へ運び、治癒の加護を施すよう手配してほしいと頼んだ。
言霊は凄い能力ではあるが、アドリエンヌの怪我をすぐに治してやることも、痛みだけは取り除いてやることも、出来なかったからだ。
「それで十分だろう。実際私は、レイミアに言われなければ、あの女はあの場に捨て置いたかもしれない」
「ヒュース様はお優しいからそんなことはしませんわ」
「するさ。レイミアを傷付けてきたあんな女……君が頼まなければ絶対に助ける手助けなどしない。……まあ、もしかしたら、生きて罰を受ける方があの女は苦しむかもしれない、という考えが頭を過ぎったことは事実だが」
「………………」
分かっていたつもりだったが、レイミアが思っていたより、ヒュースはアドリエンヌに怒りを感じているらしい。
じっと見つめるレイミアに対して、ヒュースは困ったように笑ってみせた。
「私が怖いか? それとも、冷たい男だと軽蔑したか?」
「……! そんなこと思うはずありません……! 私はただ……その、本当に愛して頂いているんだなって、再認識していただけです……!」
ヒュースに誤解されたくないがために言ったものの、レイミアは自身の発言を改めて考えるとぶわっと顔が赤くなってくる。
(なんだかこう、ムズムズするというか、なんというか、恥ずかしい……っ)
赤くなった顔を隠すように、レイミアは顔を両手で覆い隠す。
すると、そんなレイミアにヒュースが手を伸ばそうとしたところで、少し高めの声がその手を制した。
「ねぇ、僕がいるの忘れてない?」
「ぶ、ブランくん忘れてないわ……っ、忘れてないけれど……なんだかごめんなさい……」
頭をブンブンと縦に振って謝るレイミアの一方で、斜め向かいのヒュースは、冷ややかな目を向けてくるブランをギロリと睨みつける。
「ブラン邪魔をするな。昨日はあの女を助けるために触れ合いを邪魔されて、今日はお前が邪魔をするつもりか」
「こんな子供の前で触れ合いとか言わないでくれる? ヒュースが言うと生々しいんだけど。あとナチュラルにくっつく感じなんなの? 多分僕の助言ありきだと思うんだけど。ヒュースお礼は? 感謝の言葉は?」
そこで、レイミアはハッとする。
ブランに背中を押されて思いを伝えられ、しかも成就したわけだが、昨日はアドリエンヌの件があったので、すっかり報告できていなかったと。
「ブランくん、その節はありがとう……! 私ちゃんと、思いを伝えられたよ」
「いや、レイミアじゃなくてさ」
「ブラン、アリガトウ」
「ヒュースはカタコトになるくらい言うの嫌なら言わなくていいよ!」
少し前とは違い、とても明るいダイニングルームの雰囲気に、部屋の端に待機しているシュナが珍しくクスリと笑うと、ノックの音が響く。
ヒュースが返事をすれば、入室してきたのはレオだった。
「どうした、レオ。こんな朝から」
「いやー、ヒュースもレイミアちゃんも昨日はお疲れさん。ブランはよく寝たか? ……んでさ、本題なんだが、王宮からが使者が来たからよ、それを知らせに来たんだが」
「使者? こんな朝からか」
「ああ。もしかしたらあの大聖女様がどうなったのかの報告も兼ねてるんじゃないか?」
ヒュースとレオがやり取りする中で、レイミアは目を何度か瞬かせた。
ヒュースはそんなレイミアの様子に気付いたらしい。
安心させるように、彼女の頭に優しくぽんと、手をやった。
「実は昨日の夜、バリオン森林へ行く直前に、レオに命じておいたんだ。ポルゴア大神殿内でのレイミアを除く聖女たちの言動、神殿長たちが見過ごしてきたこと。言霊の能力が開花する前のレイミアを嫁がせたことや、諸々を綴った書面を急ぎ陛下に届けるようにとな」
「……! では、今来ていらっしゃる使者の方は……」
「ああ。私が送った書類を陛下は既に確認したんだろう。詳細は話を聞かないと分からないな。とりあえず行こうか、レイミアもおいで」
これからどんな話をされるのだろう。レイミアはそんな不安を持ちつつも、ヒュースに続くように立ち上がった。
「あんな目配せだけでここまで出来る俺って凄くない?」と、自画自賛するレオに、なんだか少しだけ緊張が解けたレイミアの足取りは、割と軽いものだった。
それからレイミアは、応接間で使者と向き合うと、まずは力いっぱい頭を下げられた。
どうやら、神殿内でのレイミアの不当な扱いについて、使者が代わりに謝ってくれているようだが、とにかく説明を、と話を進めてくれたのはヒュースだった。
「まずは昨日の夜、届けられた書面について、こちらでも夜通し確認を行いました。一応後で言霊の加護の能力だけは一度お見せいただきたいのですが……それは一旦置いておきまして──」
そこから使者は、レイミアとヒュースに交互に目配せをしながら、おずおずと話し出した。
端的に言えば、書面に書かれていた神殿内でのレイミアの扱いは、全て事実であるという裏が取れたということ。
そのため、神殿長にも罪は大きいとして、一生聖職には付けなくなったこと。どうやら罰の一つとして、持ち家も没収されたらしい。
その他の神官は厳重注意と、一年間の減給が言い渡されたとか。
「因みに聖女たちですが──」
アドリエンヌ以外の聖女たちもレイミアに不当な扱いをしたものの、基本的にはアドリエンヌの指示であった。
かつ、聖女たち全員を神殿長のように聖職から外すことは国の根幹に関わるため、彼女たちにも厳重注意と、減給が言い渡されることになった。あと、どれだけ魔物が蔓延る地域でも、今後は拒否権なく要請を受けるよう、条件も飲ませたらしい。
「あ、あの……それで、アドリエンヌ様はどうなったのでしょうか……? それに、なぜ昨夜バリオン森林に訪れたのかも気になりまして……」
「ではまず、なぜ今日あの者がこの地に訪れたのかご説明しますね。これは元神殿長が言っていたのですが──」
そうして、そこでレイミアはアドリエンヌの行動の意味を知り、身震いした。
(加護なしの私を嫁がせたことがバレたら罪になるかもしれないから、私を連れ戻しに来た……? しかもいざとなったら、私に罪を被せようとしていただなんて……なんてことを……)
アドリエンヌを助けるよう言ったことは後悔はないが、レイミアはもしかしたら訪れたかもしれない未来にゾッとする。
すると、ヒュースにギュッと肩を抱き寄せられ、レイミアは不安が混じった瞳をヒュースにぶつけた。
「ヒュース様……私……」
「大丈夫だ、レイミア。あの女が言っていたようなことにはならない。そもそも神殿側が悪いのだし、君は正真正銘、言霊聖女だ」
「それは、そうですけれど……」
レイミアたちの会話に、使者は「話の腰を折って申し訳ありませんが、一度言霊の加護を見せていただいても?」と問いかけると、レイミアはもちろんですと頷いて、ヒュースに対して加護を使うと。
「疑っていたわけではありませんでしたが……素晴しい能力ですね」
「ああ、本当に。レイミアのおかげでかなり相手にする魔物が減った。睡眠時間も確保できるようになった。ありがとう、レイミア」
「い、いえ……! 私は自分にできることをやっただけですので……!」
ふんわりと笑うヒュースに、レイミアは手をブンブンと振って謙遜すると、信じられないものを見るような目で見てくる使者と目が合った。
(ハッ……! もしかしてヒュース様って一部では冷酷だって言われているから、驚いているのかしら……っ)
本当はとても心優しくて、情が熱い人だというのに。ときどき怖いが。
(……って、今はそんなことを考えている場合じゃないわ)
まだ話は終わっていない。……どころか、一番大切なことが残っているのだから。
レイミアは気を引き締めると、姿勢を正してから使者へと向き直った。
「それで、あの……アドリエンヌ様はその後容体は……?」
「それが──」




