26話 森に現れた大聖女の無力さ
緊急性が高いということをすぐに理解したヒュースは、立ち上がるとレオに問いかけた。
「お前の部下たちでは対処はできないような強力な魔物なのか?」
「……いや、そうじゃない。その人間は、助けようとした部下たちにも攻撃したらしくてな。手に負えないからって報告してきたんだ」
「何……?」
レオ曰く、バリオン森林に入り込んだ人間は、若い女性らしかった。
そしてその女性は運悪く、レイミアの言霊の範囲外にいた魔物の群れと遭遇し、襲われた。
どうやら魔法が使えるらしく交戦していたものの、そこにレオの部下である魔族たちが現れ助けようとした、のだけれど。
魔物と魔族は同じく敵だと決めつけているその女性は、レオの部下にも攻撃してきたため、部下たちは急ぎレオに報告と指示を仰ぎに来たらしい。
「魔物が活性化する夜に森林に入るなど、まるで自殺行為だ……。少なくとも公爵領の者は夜は街の外に出ないよう命じてあるし、街の出入り口は兵士たちに任せてあるから、街のものではないだろう。と、すると外部の者で、若い女性で、魔法が使えて、かつ魔物と魔族を同じように考えているとなると──」
ヒュースは顎に手をやって頭を悩ませる。
単純に襲われているだけならばすぐに救出に向かえば良いのだが、仲間にまで攻撃に及んだ者への対処をどうするか。
ただ錯乱していただけならば構わないが、ヒュースは仲間に害をなすものに手を差し伸べるほど優しくはなかったから。
けれど、レイミアはそうではなかった。
「ヒュース様、考えるのは後にして、まずは助けに行きましょう」
「レイミア……」
「私がいたら、攻撃してこないかもしれませんし。どうでしょうか……?」
確かに人間のレイミアがいれば、ヒュースやその他魔族が居ても攻撃はされるリスクは減るだろう。
それに、実際その女性を救出するとなれば、ヒュースや他の者が魔物の討伐に当たるよりも、レイミアが言霊の加護で魔物の動きを止めたり、どこかへ追いやったりしたほうが早いのは確かだ。
「……分かった。細かいことは後にしてまずは向かおうか」
「はい……!」
ヒュースはレイミアの意見を受け入れると、レオに部下たちには待機させるよう伝える。そして、意味深な目配せをすれば、レオは理解したのか、コクリと頷いた。
それからレイミアを再び姫抱きすれば、ヒュースはバルコニーへと足を急がせた。
「あ、あのヒュース様、これは一体……? なぜ私はこの体勢に……? それに出口は反対方向ですが……」
「問題ない。この方が早いからな」
「早い?」
(確かに方向としては森林に近いけれど……)
わけが分からず目を泳がせると、そんなレイミアの視界にはこちらを見て親指を立てているレオの姿が目に入る。
(え? 何? が、ん、ば、れ?)
そしてそれは、レオの口の動きを読んだ瞬間だった。
「レイミア、私にしっかり捕まっていろ」
「えっ?」
──その瞬間、バサリと、ヒュースの背中に突如現れた漆黒の翼。
魔族が普段、翼を体内にしまっておくことが出来ることは知っていた。レオやブランが翼を広げたところは見たこともあった。
しかし、ヒュースが翼をひろげている姿は見たことがなく、そもそも彼は半魔族なので、もしかしたら翼はないのやもと思っていたのだけれど。
「行くぞ」
「きゃぁぁぁぁぁあ……っ!!」
肌を刺すような風、先程とは比べ物にならない浮遊感、見たことがない角度からの景色。
少しずつ遠くなるレオに、見上げればいつもより近い様な気がする月と、こちらをじっと見ているヒュース。
レイミアは、初めての飛行に恐怖を感じていたものの、ヒュースと目が合うと、それは不思議と無くなっていった。
「重いですが、よろしくお願いします、ヒュース様」
「レイミアに羽があるのかというくらいに軽いから、明日から毎日一緒に甘味を食べよう」
「ふふ……もう」
「……さあ、飛ばすぞ」
◇◇◇
一方その頃、バリオン森林のとある場所では。
「っ……ハァ……ハァ……いたいぃぃっ、何で私が……っ、こんな目に……っ!!」
大聖女──アドリエンヌ。
彼女がバリオン森林に足を踏み入れたのは、つい一時間ほど前のことだった。
理由はもちろん、レイミアを神殿へ連れ帰るため。そして、いざというときは自身が罪人にならずに済むように、罪をレイミアに被せるためである。
アドリエンヌは魔力切れを起こすと尻餅をつき、全身をガタガタと震わせながら、痛みと恐怖と苛立ちに顔を歪めた。
「レイミアのことがなければ……っ、絶対こんなところには来なかったのにぃぃぃ……!!」
アドリエンヌは結界の加護を使えるが、あまりの魔物の多さにそれは役に立たなかった。
それならばと水属性持ちのアドリエンヌは交戦するも、やはり数の多さには敵わなかったらしい。
「もう……いや……っ、魔族も出てくるし、魔物もこんなに……っ!! これも全部レイミアのせいよ……レイミアのせいで……っ、何で私がぁぁぁ!!」
アドリエンヌが命じてバリオン森林の途中まで乗せてくれた馭者は、魔物が現れた途端直ぐに逃げて行った。
そのときアドリエンヌは、後でその馭者に制裁を与えなければというくらいに思っていたが、もしかしたらそのときは訪れないかもしれないということを、頭の片隅で感じ取っていた。
魔物が蔓延るバリオン森林。魔物が活性化する夜、一人でその地に取り残され、アドリエンヌの頼みの結界は役に立たず、しかも魔力切れ。
目の前には数え切れないほどの魔物が溢れかえっており、ギラついた瞳でアドリエンヌのことを狙っている。
──そして、次の瞬間だった。
「ぎゃぁぁぁぁぁあっ!!」
何体もの魔物がアドリエンヌに襲いかかると、鋭い爪で肉を切り裂いた。
「いやぁぁぁ!! だずげでぇぇ……っ!!」
自慢の顔に、鋭い爪が突き刺さっているのが分かる。
誇らしげに靡かせていた髪が、ブチブチと音を立てているのが分かる。
けれど為すすべがないアドリエンヌは、手足をバタバタと動かすことしか出来なかった。
(どうして私がこんな目に……! あの女を嫁がせたのがいけなかったの……? それとも、ストレスの捌け口にしたこと……!? 連れ戻そうとしていること……!? 全部……!? 今の状況は全て……レイミアに対する報いだと言うの……!? もしそうだとしても……)
──全部、全部。悪いのは私じゃなくて、レイミアなのに……!!
「いやだぁぁっ!! 死にたくないぃ……!!」
大聖女だと持て囃され、多くの人から崇められた。
加護も、才能も、美貌も持って生まれたアドリエンヌは、望めば何でも叶ってきたはずだったのに。
けれど今、そのどれも役に立たない。
死を直前にした今、今までアドリエンヌが崇められてきた要因となる全てのものは、なんの意味も持たなかった。
「かごなしの、くせっ、にぃ……っ」
最後の最後まで、アドリエンヌはレイミアを罵倒した。
そして、理性なく襲いかかってくる魔物たちに飲み込まれる──そのときだった。
【魔物たちよ! 今直ぐ森の奥深くに行きなさい……!!】
上空から聞こえるレイミアの声。過去に、こんな彼女の力強い声を聞いたことがあっただろうか。
言霊によって、操られたかのようにアドリエンヌの元から森の奥へと去って行く魔物たち。
アドリエンヌは痛みと恐怖のせいでレイミアが何をしたのかあまり理解は出来なかったけれど、助かった安堵からだろうか。
それとも、加護なしだと、役立たずだと罵り、嘲笑ってきたレイミアに助けられたことが、何よりも悔しかったからだろうか。
血まみれの頬に、ツゥ……と雫が溢れた。
「何で……あんた、なんか、に…………」
漆黒の翼を持つ男に抱かれていたレイミアが駆け寄ってくる姿を視界に収めながら、アドリエンヌは意識を手放した。
あと2話で最終話です……!
本日の夜更新しますね!




