25話 全ては背中の冷たさに持っていかれる
それはまるで、愛の告白のようにも聞こえる。
──いや、言葉をそのまま受け取るなら愛の告白としか思えないヒュースの言葉に、レイミアは今までのように自己完結させずに、喉を震わせた。
「どうして……そこまで……っ」
レイミアの問いかけに、「ん?」と言って微笑むヒュース。
そしてヒュースは少し頬を赤く染めて、思い出すようにして語り始めた。
「覚えているか? 輿入れの日、レイミアは魔族と人間を種族だけで分けることに意味はないとはっきり言い切った。聖女は誰よりも、魔族を穢らわしいと忌み嫌っているはずなのに」
だから王命で聖女が嫁いでくると聞いた際、ヒュースは頭を悩ませていたのだ。
王命とはいえ強制的に嫁がなければならず、聖女として役に立てと言われるなんて、その子が可哀想だと。だからこそ、できる限り大切にしたいと、穢らわしいと言われたって、我慢しなければと思っていたというのに。
「あれには本当に驚いた。適当に言っているわけじゃないことも、感覚的に分かった」
「魔族と魔物が別物だということは周知されていますし……っ、それに……ヒュース様は私を命がけで助けてくださって……騙したことも、許してくださって……っ」
「……そうだとしても、皆一概にレイミアのように思えるわけじゃない。……まあ、君は根っから優しいから、当たり前のようにそう思えるのだろうが──私には衝撃的だった。……レイミアへの認識が、一瞬にして変わったよ」
頬に伸ばされたヒュースの手が、すりすりと肌を撫でる。
レイミアは気恥かしさと心地良さで目を細めると、ヒュースが微笑をこぼした。
「そんな反応も、可愛いな」
「〜〜っ」
その手を退けようと思えば、いつだって出来る。
けれどレイミアはその手の心地よさと気恥ずかしさを天秤にかけ、心地よさを取ったのだった。
もっと触れてほしくて、自身の頬に触れるヒュースの手に自身の手を覆い被せ、頬をスリスリと動かせば、ヒュースはピクリと体を弾ませた。
「……じゃあ、ヒュース様は……その、輿入れの日から、私のことを好いてくださっていたのですか……?」
やや上目遣いぎみにそう問いかけたレイミアに、ヒュースは喉を上下に揺らし、ごくりと音を立てる。
「……そうだ。それに、私のことを幸せにすると言ってくれたところも、この地のために言霊の能力を把握したいからと頑張ってくれたところも、自分だって倒れる寸前なのに、私を休ませるために言霊を使うところも」
「あ、あのヒュース様……?」
止まらなさそうなヒュースに声をかけるが、彼はこの際だから全部言うと決めているようで、止めることはなかった。
「ブランに対して聖母のように優しいところも、屋敷の皆とも仲良くしてくれるところも、公爵夫人としての勉強に励んでくれるところも……私の名前を呼んで、笑いかけてくれるところも、全て──」
刹那の間。ヒュースの藍色の瞳と、レイミアの桃色の瞳が、しっかりと交わった。
「どうしようもなく、愛おしい。輿入れの日からずっと、私はレイミアのことが好きだ」
「…………っ」
「レイミア……?」
(何で……っ)
頬を濡らすものは、神殿にいるときにかけられた汚水でも、数多に降り注ぐ雨でもなかった。
ヒュースの手も濡らしてしまうそれを止めたいのに、自分の意志では止まらなくて、言霊を使おうにも、魔力が乱れていて使えそうにない。
「レイミア……泣くな。……そんなに、私に思われることが嫌だったのか……?」
「……っ、ちがっ、……そうじゃ、なくて……私……っ」
そこでレイミアは、嗚咽を漏らしながらも必死に言葉を紡ぎ始めた。
自身の気持ちを伝えたいことはもちろん、きちんと伝えてくれたヒュースに誤解されたくなかったし、悲しい顔をさせたくなんてなかったから。
「ずっと自信がなくて……ヒュース様の気持ちを、信じないようにしてきたんです……っ、言霊聖女だから求められてるんだって……思うように、してたんです……っ」
「……なるほど、そういうことか」
どうやら説明は理解してもらえたらしい。
嗚咽を漏らしながらも話すレイミアだったが、次の瞬間、ヒュースの逞しい腕に抱き締められ、目を見開くと同時に、涙が止まったのは何より驚きが勝ったからだった。
「じゃあ今は、私の気持ちは伝わったんだな?」
「は、い……っ」
「……それなら、泣いているのは私への罪悪感からか?」
「それもありますが……それだけじゃなくて……っ、嬉しかったから……っ、だってわたしも……っ」
このときレイミアの心の中には、もう迷いはなかった。
どんなふうに話を切り出そうか、どんな言葉で伝えようかなんて、頭の片隅にもなかったのだ。
「ヒュース様のことが好きですから…!」
「…………!」
その瞬間、レイミアもヒュースの背中に腕を回すようにして抱きついた。
両思いが事実であること、これが現実だということを確認するように。
「レイミア……本当に……?」
「はい……っ、王命だからとか、そんなことは関係なくて……私はヒュース様をお慕いしております……っ」
「……っ」
背中に回されたヒュースのたくましい腕に、ぐぐぐと力が籠もった。
耳元で囁かれた「嬉しい……」という声に、レイミアは何だかまた涙が出そうだった。
それから、どのくらい時間が経っただろう。
もう紅茶も完全に冷めきってしまっただろうか。
レイミアは頭の片隅でそんなことを思いながらもぞもぞと身動ぐと、彼の背中を優しく数回タップして、口を開いた。
「ヒュース様……あの、良ければお顔が見たい、です」
「……今はまだ見せられるような顔じゃないんだが……」
「……?」
泣いたのはレイミアで、ヒュースではないというのに。
それにヒュースは惚れ惚れするほど美しい顔をしているので、きっとどんな表情をしていたって格好良いに決まっている。
「……だめ、ですか…………?」
「…………。分かった」
渋々といった声色だったが、ヒュースが抱きしめる腕の力を弱める。
レイミアは少しだけ体を起こし、そして至近距離にあるヒュースの顔を見上げると、今まで見たことがない頬と耳の色付きに、感染したように自身の顔も赤くなるのが分かった。
「ヒュ、ヒュース様……っ、お顔が赤く……っ!」
「……だから言っただろう。見せられるような顔じゃないって」
「……っ、けれどその、照れたヒュース様を見られて、正直嬉しいです……! ふふ……どんなお顔をされていても、大好きです、ヒュース様」
「………………っ」
──警戒心なんて欠片もない、無邪気な笑顔。至近距離で、目を合わせて大好きと言われたら、そんなの。
それは、ヒュースの中の何かが、プツンと音を立てて切れた瞬間だった。
「レイミア、先に謝っておく。済まない」
「はい……? ……って、きゃあっ」
ヒュースは性急に立ち上がると、レイミアの腰あたりと膝裏あたりを抱え、持ち上げた。
「えっ…………えっ!?」
(何で……!? もう足は治ったのに……!?)
以前もされたお姫様抱っこだったが、今回は納得がいく理由がないため、以前よりも困惑が深い。
しかしそんなことを考えていられたのは一瞬で、ヒュースはバルコニーから室内に場所を移すと、優しい手付きでレイミアをベッドへと下ろす。
そして、そんなレイミアの両手首を掴んだヒュースは、少し力を加えると、彼女をベッドに押し倒した。
──どうして、こんなことになっているのだろう。
「レイミア、夜に男と部屋で二人きりなんて、もう少し警戒心を持ったほうが良い。……あんなふうに無邪気に大好きだなんて言われたら、我慢ができなくなる」
「……っ、ダメです、ヒュース様……っ」
ひんやりとしたシーツの上。頭上で手首を縫い付けられたレイミアは、潤んだ瞳でヒュースを見つめる。
ヒュースは「ふっ」と小さく笑うと、そんなレイミアにぐいと顔を近付けた。
「本当に嫌ならば言霊を使うと良い。……使わないなら──」
驚くほどに整った顔が少しずつ近づいてくる。
下を向いているためか、ヒュースの銀髪が垂れて頬や首筋に当たるのが擽ったい。けれど、それは一切不快ではなく
「言霊は、いりませんわ……」
ポツリと呟いて、レイミアは目を瞑る。
動揺と緊張、そしてこれ以上ない多幸感に包まれた。
……のだけれど、その瞬間が訪れることはなかった。
「悪いレイミアちゃん!! ここにヒュースはいるかって……嘘だろ!? なんつー良いタイミングで来ちまったんだ俺は!!」
「……そう思っているならさっさと扉を閉めろレオ」
扉が壊れてしまうほどの勢いで入ってきたのは、ハァハァと肩で息をするレオだ。
今にもキスをしそうな状況を見られたことに、レイミアは熟した苺のように真っ赤になった頬を必死に抑えようとするのだが、耳元でヒュースが「また後でな」と囁くので、それは無理な話だった。
「……で、何事だ。急用なんだろう」
レイミアの背中を支えて優しく起き上がらせたヒュースが、視線だけをレオに向けてそう尋ねる。
するとレオは「そう、それが!」と慌てて口を開いたのだった。
「バリオン森林を偵察に行った部下から、人間が森で襲われてるって連絡が入ってきたんだ……!」
「「…………!!」」




