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24話 ぱらぱらと、糸が解けて

 

 日が沈み、代わりに月が登って来てしばらく経った頃。

 夕食を終え、自室でリラックスをしていると来客があったため、レイミアは読んでいた魔法書を閉じた。


「レイミア、遅くなって済まない」

「いらっしゃいませ、ヒュース様。すぐにお茶の用意をいたしますね」


 事前にシュナは下がらせてあったため、レイミアは自らお茶を準備すると、先にヒュースが座っているバルコニーのテラス席へと急いだ。


 ふんわりと香る紅茶の香りに、立ち上る湯気。

 ヒュースの斜め向かいに腰を下ろし、彼とほぼ同時に喉を潤せば、ほうっと息をついた。


「それでレイミア、話というのは」

「あっ、えっと……それはですね……!」


 話を切り出したのはヒュースからだ。


 夜まで考える時間はそれなりにあったはずだと言うのに、こう改まって聞かれると何から話せばいいか分からず、レイミアは口をもごもごと動かすだけできちんとした言葉が中々出てこない。


(好きです……! かな? いやでも物凄く急だし……ヒュース様に聞いてみる? 私のことどう思ってますか、って? いやでも、なんか、それ狡いわよね……)


 黒目をキョロキョロ動かして明らかに狼狽するレイミアに、ヒュースはどうしたのだろうかと、きょとんとした表情を見せる。


「あー……うー……」と頭を悩ませているレイミアに、ヒュースは優しい声色で問いかけた。


「実は私からも話があってな。先に良いか?」

「はい……っ! もちろんです」

「ありがとう」


 藍色の目を細めて薄っすらと笑ったヒュースだったが、ティーカップをソーサーに置いた瞬間、彼を纏う空気が一変する。

 一気にピリついた空気になったことにすぐさま気がついたレイミアは、無意識に姿勢を正した。そうして、ヒュースの様子をじっと見つめると。


「……レイミア、君が神殿でどんな扱いを受けていたのか、悪いが秘密裏に調べさせてもらった。食事のことや汚水をかけられたり、罵声を浴びせられたりしたこと」

「えっ……」

「それでだ、私は神殿で起こった、君への不当な扱いを正式に問題にしようと思っている」

「……!?」


(なっ、何……? どういうこと……?)


 あまりに驚いたレイミアが目を見開いて固まっていると、ヒュースが事の経緯を説明してくれた。


 レイミアの様子をシュナから聞いたこと、嫁いできた日以前は加護が発動していなかったことで、神殿での扱いは酷いものだったのではないかと、予想したこと。

 確証を得るため、レイミアには秘密にして調べていたこと。


 その報告が上がってきたため、レイミアを虐めたアドリエンヌを含む聖女と、見て見ぬふりをしてきた、神殿長や神官たちには罰を与えなければいけないと考えていること。


「急な話で混乱するだろうが、レイミアが過去に辛い思いをしてきたことを知った今、私はこれを見過ごすわけにはいかない」

「ヒュース様……」

「だから……辛いかもしれないが……確認のために答えてほしい。レイミアは神殿で、酷い扱いを受けていたのか」


 きっと、昨日までのレイミアならば頷かなかっただろう。

 ヒュースに心配をかけさせたくないのはもちろん、過去の辛かった思い出と向き合うことも、苦しかったから。


「……はい。そうです。私はアドリエンヌ様を始めとする聖女達に苛められ、神殿長や神官たちは助けてくれませんでした。……苦しくて、辛かったです……っ」

「……そう、か。ありがとうレイミア、話してくれて」


 震える声で紡いだレイミアの手に、ヒュースの節ばった大きな手が重ねられる。


(このお方の手は、なんて安心するんだろう……)


 自分のことのように、切なげに眉尻を下げるヒュース。

 そんな彼を見ると、レイミアは悲しみよりも愛おしさが溢れてくる。


「……だが意外だった。レイミアの性格なら、否定するかもしれないと思っていたんだが……」

「……そう、かも、しれませんね。けれど、色々考えたのです」


 ヒュースと約束を取り付けた後、レイミアは一人部屋に籠もって考えた。

 初めは、ヒュースにどんな言葉で思いを伝えれば良いのかということだった。

 それに関しては、明確な答えは出なかったのだけれど。


 そんなふうに頭を悩ませる中で、レイミアもうひとつの事柄を考えていたのだ。

 ヒュースの真っ直ぐな言葉を、期待してはだめだからと思うようになって、素直に考えられないのは何故だろうと。


 それはおそらく、神殿での生活で誰からも必要とされず、存在を否定されたり、罵られたり、あまりに酷い扱いを受けることで、どうせ私は誰にも求めてもらえない、私のことなんて誰も好きになってくれるはずがないと、思うようになったからだろうと。


 もちろんレイミアの元の性格の影響がないとは言わないが、大きくは生活環境のだろう。


 そう考えたレイミアは、過去の辛い日々も認めなければいけないと思ったのだ。


 ──それと、もう一つ。


「私のように、通常よりも加護が目覚めるのが遅い子が今後現れないとは限らないなと、考えて……」

「ああ」

「もしもその子が、私と同じような目に遭ったら嫌だなと思いました」

「……ああ」

「だから、アドリエンヌ様たちや神殿長たちの行為は、今後改めてほしいと、思うようになったんです」

「……全く、君という女性は……」


 ヒュースが目の当たりを手で覆い隠して、天を仰ぐ。

 呆れてしまったのだろうかとレイミアが不安混じりの瞳を向けると、ヒュースはその視線に気付いたのか、レイミアに柔らかな眼差しを向けながらゆっくりと口を開いた。


「……レイミアは優し過ぎる。神殿の奴らに怒ったって、天罰が下れば良いと願ったって、誰も文句は言わないのに」

「……えっ! あの……その……ヒュース様ってたまに攻撃的ですよね……?」

「ああ。君以外にはな」

「……っ」


 そういうことを言われると、また期待しそうになるのだから困ったものだ。

 けれど、胸のドキドキが気持ち良くて、ずっと味わっていたいとも思う。


(好きだって認めると……こんなにも感じ方が違うのね……。って、それは一旦置いておいて)


 神殿での生活を心配し、かつ正式に問題にもしてくれるヒュースに、まずはお礼を言わなければと、レイミアは座った状態で深く頭を下げた。


「私のことを心配してくださって……ありがとうございます。私の憂いを晴らそうとしてくださって、ありがとうございます。私の心を大切にしてくださって……ありがとうございます」

「当然だ」


 間髪入れずに答えるヒュースに、レイミアはまた胸が疼く。


(なんて優しくて……素敵なお方……好きっ)


 ──もう当たって砕けるのなら、早く砕けてしまおうか。


 いや、出来れば砕けたくはないのだが、客観的に考えても眉目秀麗で公爵のヒュースと、レイミアが釣り合うかどうかと言われると微妙な話なのは事実だ。

 そこはもう、レイミアでは大きく変えることは出来ないので、それならばもういっそのこと、とレイミアが口を開こうとした瞬間だった。


 ひゅるりと風が吹いて、レイミアは少しだけ目を細める。


 視界に捉えていたヒュースの手がそっと自身の頬に触れたと思えば、彼の口から出た言葉に、目を見開いた。


「好きな女性が傷付けられて、それを放っておけるほど私は薄情な男じゃない。……それに私は言っただろう? 君を大切にすると。この世で最も愛する女性を大切にするのは、至極当然のことだと思うが」

「………………。えっ……?」

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