19話 溺愛と嫉妬が交差する
──『私たちと一緒に、この屋敷で一緒に暮らさない……?』
この発言の直後、ブランの口からは『は……』と乾いた声が漏れた。
目を大きく見開いて、口をぽかんと開く姿は驚いているのはもちろん、どこか、何言ってんだこいつ、というような呆れを感じたレイミアは少し眉尻を下げる。
『何で、その考えに、なる、の』
震わせた声で問いかけてくるブランに、レイミアは出来るだけ優しい声色で、そして素直な本音を話し始める。
レイミアの言霊の加護は万能ではないので、両親を連れ戻してあげることも、住処を直ぐに修復することも、すぐに怪我を完治させてあげることもできないことも。
それに何より──。
『一人は……寂しいから』
『…………っ』
神殿で誰も味方がいなかったレイミアは、孤独を知っている。神殿に引き取られる際、一切悲しんでくれなかった両親のことを思い出すと、未だに胸が苦しくなる。
もちろん、レイミアとブランの置かれた環境は違う。全てを理解なんて出来ないけれど、それでも。
『私たちと一緒にいよう……? 私のお願い、聞いてもらえるかな……?』
『それなら、あの変な力で命令すれば……っ!』
『……それは違うもの』
言霊の能力は、自身の私利私欲のために使うものではないのだと、レイミアは本能的に分かっていた。
理性がない魔物のため、民のため、使用人のため、ヒュースのため──誰かのために、使うものなのだと。
『私がブランくんと一緒に暮らしたいんだよ。これはね、私の我が儘なんだ。だからね、言霊の力は使わない』
『……っ』
『だからもう一度言うね。ブランくん、一緒に暮らそう? 私たちと、一緒にいよう?』
ブランが、コクリと頷いたのはその数分後だった。
レイミアはその間何も言わずにずっと待ち続け、ブランの同意の表れに、彼を力いっぱい抱きしめたのだった。
──そうして、現在。
あの日からブランは、レイミアにだけべったりだった。
ブランは聡い子なので、レイミアの言霊のせいで住処が襲われることになっても、その背景には様々な要因があったこと、レイミアが悪いわけではないことくらい分かっていたのだ。
それでも、何処かに当たらなければやってられなかった。
そんなときに、その相手──レイミアから優しい声をかけられ、一緒に暮らそうと言われ、優しく抱きしめられたのだ。
ブランは罪悪感と、安心感を覚え、同時に年相応の甘えたいという気持ちが溢れ出した。そして、それはレイミアに一心に向けられることになったのである。
「あれ……? ブランくん」
ブランは既に、ヒュースに手続きを取ってもらい、人間と共生するため、魔族としての登録を済ませた。
手首にはヒュースたちと同じ魔力制御のブレスレットをつけている。
しばらくは魔力を抑えられて怠いらしいのだが、三日目にして「慣れた」と言ってのけるブランは将来大物になりそうだ、なんてレイミアは思っていた、のだけれど。
「ブランくん、何だか身体熱くない……?」
「あつく、ない」
もたれてくるブランの身体から、じんわりとした熱さが伝わってきたレイミアは、彼の額を手で確認する。
魔族も人間も平均体温に大きな差はないので、明らかに熱があることを確信すると、一旦ブランを離れさせてから、急いで立ち上がった。
「大変……! 早く部屋に行って休まなきゃ……!!」
「別に、つらくない、もん」
「だめよ……!! 環境の変化もあるし、ブレスレットのこともあるし……今は無理しちゃだめ! 私が抱っこしてあげるから、ほら、行こう……?」
いくら食事や睡眠をしっかり取っているとはいえ、骨と皮だったレイミアにはあまり力はない。
ブランを抱き上げるのも一苦労なのだが、熱があるこの子を歩かせる訳にはいかないと必死に抱き上げると、その時書斎の扉が開いたのだった。
「レイミア、探した──って、どういう状況だ」
「ヒュース様……! 何と良いタイミングでしょう!」
自身の力の無さに関しては後で反省するとして、熱のあるブランを速やかに部屋に運ぶことが一番である。
レイミアはヒュースにブランが熱があることを伝え、抱っこを代わってほしいと頼んだのだが、その瞬間だった。
「……レイミアじゃないと、やだっ!」
「うわっ……!」
ヒュースにブランを渡そうとすると、ブランは腰を反って嫌がったのである。
ブランはレイミアにのみ懐いており、かつヒュースに対しては尋常ではない敵対心を抱いていたのだった。
「……っ、危ない……!!」
ブランが動いたことで後方に倒れそうになったレイミアだったが、咄嗟にヒュースが手を掴んでくれたことによって倒れずに済んだものの、彼女の顔面は直ぐ様真っ青になった。
(いっ、いたぁ〜……!!)
ブランを抱いた状態で倒れるのは絶対にだめだと足を踏ん張ったのは良いものの、そのときに足首を挫いてしまったのである。
しかし、今はそんな自分の状況よりもブランが優先だ。
ブランにももちろん、ヒュースにも心配はかけたくないからと、何やらじっと見てくるヒュースにレイミアは反射的に「大丈夫ですから!」と答えた。
そう言うことが、何かしらあったのだと思わせる訳だが、レイミアはブランの心配と足の痛み、ヒュースに心配をかけさせたくないからということに必死で、あまり頭が回っていなかったのだった。
「あ、ありがとうございます、ヒュース様、手を掴んでいただいて……おかげで転けずにすみました」
「…………。ああ、無事で何よりだ。それにしても」
ヒュースは、そろりとレイミアに抱きついているブランへと視線を移す。
レイミアの首に手を回してぎゅーぎゅーと抱き着いたままのブランは、絶対に離してやるものかという意志を感じられる。
いくら幼いとはいえ、異性がレイミアに抱き着いているのはヒュースとしては気に入らなかったが、流石に病人なので仕方がない……とは思いつつも。
「ブラン、レイミアはあまり力がない。レイミアのことが好きなら、私が抱っこしてやるから早く降りなさい」
「やだっ! レイミアが良いし、ヒュースだけは絶対にやだっ!!」
「ブランくん……! ヒュース様はとてもお優しいし怖くないから……ってヒュース様……!! 何だか顔が怖いですよ……! 時が経てばブランくんはきっとヒュース様にも懐いてくれますから、どうかご容赦を……!!」
ヒュースとしては、自身が嫌だと言われたことではなく、レイミアにこれでもかと抱き着いているブランが気に食わないのだが。
レイミアはそうは思わず、ブランに嫌われていることにヒュースが傷ついていると思っているらしい。一切そんなことはないというのに。
(ああ……! どうしましょう! 私に体力があれば……せめて足を挫いていなければ……!)
とにもかくにも、早くブランを部屋へ連れていかなければならない。
この際足の痛みは気を紛らわせばどうにかなるだろうか、腕がプルプル震えているけれど、どうにか部屋までならば運べるだろうか。
これ以上ブランに否定されるヒュースも見ていられないし、頑張ろうと、レイミアがそう決めた、そのとき。
「……えっ」
突然の浮遊感に、レイミアの口からは掠れた声が漏れた。
自身の腰とお尻の下辺りを支えるヒュースの腕。
ブランを抱っこしたままのレイミアを、ヒュースはいとも簡単にひょいっと抱き上げたのだった。
「これならブランも文句はないだろう」
「……。さっさと歩いてよ、ヒュース」
一本取られたと悔しがるブランに、ほとんど表情を変えずに涼しい顔のヒュース。
「ヒュ、ヒュース様……!? 重たいですから下ろしてください……っ、大丈夫ですから……!」
熱はないというのにブランと同じくらい顔を赤くしたレイミアがそう言うと、ヒュースは小さく微笑みながら、自身より高い位置にあるレイミアを見上げた。
「それは出来ない相談だ。……言っただろう? 私はレイミアを大切にするって。それに、レイミアは羽が生えているのかと疑うくらいに軽い。後で一緒に甘味を食べよう」
「〜〜っ」
レイミアに対して優しい声色で甘い言葉を囁くヒュースに、ブランは「けっ」と不貞腐れたという。




