17話 目覚めてから思うこと
「……っ、いたっ……」
逸れ魔族の少年──ブランが目覚めたのは、森林でも自身の住処でもなく、どれだけ手を伸ばしても届かないような天井の高さを誇る屋敷の一室だった。
警戒心の強いブランは直ぐ様ベッドから飛び降りると、痛む体に表情を歪める。
すると、背後から突如として伸びてきた影に、勢いよく振り向いた。
「あんた……っ、あの聖女と一緒にいた……」
「ヒュース・メクレンブルクだ。お前、名は」
「………………」
歯をむき出しにしながら、警戒心を見せるブランにヒュースは小さくため息をついてから、ベッドサイドに置いてある椅子に腰掛けると、ゆっくりと足を組んだ。
「なら適当に呼ぶか。おいチビ」
「ブランだよ!! チビじゃない!!」
「そうか。なら、ブラン。まずここは私の屋敷だ。お前は二日間ずっと眠っていた。その間に傷の手当は済ませてある」
よくよく体を見れば、包帯やガーゼの姿がところどころにある。嗅いだことのない消毒の匂いは不快だったが、たしかに体の痛みはマシになっている気がする。
泥や血がついた服も着替えさせられており、さっぱりとした肌は、丁寧に身体が拭かれた後だからなのだろう。
「…………そんなの、頼んでないし。お礼なんて言わないからね」
ブランはぷいっとそっぽを向く。
確かにあのまま森林に置き去りにされたら魔物の餌食になっていたかもしれないが、それはそれ、これはこれなのだ。
気まずそうに目を逸らしたブランに、ヒュースは二度目の重たいため息を零した。
「……因みに、手当をしたのは医者とレイミア──お前が殺そうとした聖女で、私の婚約者だ。今さっきまで心配そうにお前の傍にずっと付き添っていた。起きたときに一人だったら不安だからだろうとな。……レイミアが体調を崩したら元も子もないからと休めと下がらせたところだ」
「…………何だよ……それ……」
「だから、彼女を休ませるためだけに私はここに居るんだ。引き止めるつもりはないから、出て行きたいならさっさと出て行けば良い」
「…………っ」
ヒュースの声は地面を這うほどに低い。
婚約者であるレイミアを傷つけようとした者に対して怒りを感じているのだろうと、推測するのは容易だった。
「そんなこと言われなくたって、僕は直ぐに出て行くつもりだった……!!」
ヒュースの圧に負けぬよう、大声を出したのはブランだ。
この場にいるのだって不可抗力で、手当も頼んでいないし、付き添いなんてもってのほか。ブランはレイミアを消すことは失敗したものの、苦言を呈することは出来たので、この場にいる必要なんてなかった。
──なかった、はずなのに。ヒュースが指さした扉へと、足が向かなかったのは何故なのだろう。
「どうして出て行かない?」
「……っ、そんなの、分かんない、よ」
「…………。それなら、どうして泣いているんだ」
「……それも、分かんないよ……!!」
──ポタ、ポタ、ポタ。
シックな絨毯に、涙の染みができていく。
何故自身が泣いているのか、明確な理由は直ぐには分からなかったけれど、ブランはその原因がレイミアであることだけは少しずつ理解できた。
レイミアに抱き締められた温もりを思い出すと何故か、涙が止まらなかったのだ。
──コンコン。
「失礼いたしま──って、え!?」
結局ブランのことが気になって眠れなかったレイミアが入室すると、目の前の光景に目と口を大きく開かせた。
(こ、これは一体……!?)
ブランは泣いているし、ヒュースはレイミアに対して「休まないとだめだろう?」と優しい声で囁いてくるし、レイミアは理解不能だ。
レイミアはヒュースのそばまで駆け寄ると、この状況の説明を求めた。
「ヒュース様、この短時間に一体何が……?」
「彼の名前はブランだそうだ。レイミアを襲ったことに対しての謝罪はないし、君の看病に対しても不服な様子だったから、出て行っても構わないと話した。すると、泣き出した」
「…………!?」
レイミアは今やこの地になくてはならない聖女だ。
そんなレイミアを殺そうとしたブランにヒュースが怒っているのはおかしな話ではないし、普段はあまり見ることのない冷たい雰囲気も理解できる。
(いやでも待って……? それだけで泣くまでいくかしら?)
確かにブランは子供だ。見たところ、七、八歳程度だろうか。
だが、なんの苦労も知らずに育ってきた子供とは訳が違う。
それに、レイミアのことを嫌っているのは事実なので、出ていけと言われて泣いた、というのはどうにも辻津が合わなかった。
「えっと……ブランくん、だよね? 改めて、レイミア・パーシーと言います」
「もうすぐレイミア・メクレンブルクになるがな」
「……っ! ヒュース様! それは一旦置いておいてですね……」
ベッドサイドにしゃがみ込み、ブランを見上げるレイミア。
森林で出会ったときとは違い、泣きじゃくるブランの姿は年相応に見えた。
拒絶されるかもしれないと思いながらも、そっとブランの頬に伸ばした手は、振り払われることはなかった。
「どうして泣いているのかな……? 怪我が痛い……? それとも、怖い夢でも……」
「違う、あんたの、レイミアの、せいだよ……っ」
「………………」
(……そりゃ、そう、よね)
手が振り払われなかったのでブランの怒りはやや収まったのかと思っていたが、どうやら泣くほどだったらしい。
レイミアは何度目かの謝罪を口にすると、ヒュースが立ち上がった。
「レイミア、君が謝る必要はない」
「……そんなことはありません。私の言霊能力のせいで、ブランくんがこんな目に遭ったのは事実です」
「だとしたら、この地にレイミアを呼んだのは私と陛下だ。君の言霊能力に頼ったのは私や屋敷のものだ。つまり、レイミアは何も悪くない」
「それは…………」
「だから」とヒュースは言葉を続ける。同時に彼はレイミアとブランの側まで歩くと、ブランの頭にそっと手を伸ばした。
「済まなかったな、ブラン」
「……っ、何さ今更……さっきまで僕に苛立ってたじゃないか……っ」
「ああ、そうだ。婚約者を傷付けられそうになって相当頭にきていたからな。……が、謝るレイミアを見て、まずは私が謝るのが先だと思った。済まなかった」
「……なんだよ、なんなんだよ、あんたたち……!」
そう、声を張り上げたブランだったが、いつの間にか涙は止まっていた。
その事実にレイミアは優しく微笑むと、ゆっくりと口を開いた。
「ねぇ、ブランくん、少しだけ私の話を聞いてくれる?」
「…………。なに」
「ブランくんが寝ている間にね、ヒュース様とも話したんだけど……」
レイミアは性格的に、あまり殺生を望まない。
魔物たちが理性がなく人を襲うなら、人が居ない森の奥へ追れば、平和的な解決に至ると思っていたが、そこで問題として現れたのはブランだった。
両親に捨てられて行く宛もなく、魔物のせいで住処を失ってしまい、怪我まで負ったブラン。
レイミアの言霊の加護は万能ではないので、両親を連れ戻してあげることも、住処を直ぐに修復することも、すぐに怪我を完治させてあげることもできない、けれど。
「私たちと一緒に、この屋敷で一緒に暮らさない……?」
彼の心の傷を癒やすお手伝いなら、出来るかもしれないと思ったから。




