15話 デート、のはずが
レイミアは一応デートという言葉は知っている。恋人や夫婦関係にあるものが、ミュージカルを見に行ったりピクニックに行ったりする、あの、デートのことなのだろう。
確かにそれでいくとヒュースとレイミアは婚約者同士なので当てはまっているのだけれど。
互いに恋愛感情は持ち合わせていないと信じて疑わないレイミアは、先に屋敷の入り口で待ってくれていたヒュースに、申し訳無さそうに眉尻を下げた。
「ヒュース様、せっかくの休暇ですのに、本当にデートに使ってしまって良いのですか?」
クリーム色のワンピースには細めのリボンとレースがついており、とても上品な品だ。
しかし、それに編み上げのブーツを合わせたことで少しカジュアルに見え、お洒落をした町娘というふうに見えるよう組み合わせたのはシュナの裁量である。
街に出ても違和感がないような服装を選んだシュナに内心で感謝していたヒュースだったが、申し訳無さそうに問いかけてきたレイミアに目を瞬かせた。
「初めてのデートだからあまり気負わない方が良いかと思ったんだが……あまり乗り気じゃないか?」
「いえ、乗り気じゃないとかそういうことではなくてですね……」
(ヒュース様はお優しいからデートという名目で私を街に連れて行ってあげよう思ってくださったに違いないわ……なんてお優しいの……)
有り難い気持ちはあるものの、レイミアの顔は憂いを帯びている。
彼にとってはいつぶりの休暇なのだろう。気を使わずに一人でゆっくりと、もしくは趣味に没頭するなど、好きなことをして過ごしてほしいと、レイミアはそう思ってしまうのだ。
「なんだか……申し訳なくて。休暇の日くらいゆっくり身体を癒やしてほしいと言いますか……」
「それなら問題ない。私はレイミアの側にいると癒やされている。君の笑顔を見るとより癒やされるだろうな」
「えっ」
「というわけでレイミア。街に行きたくないか? 君が喜んでくれることが、私にとっては最上の癒やしなんだが。今日のような可愛らしい姿の君の隣を歩かせてほしい」
「……っ、かしこまり、ました」
こんなふうに言われて、断れる者は居ないのではないだろうか。
(……嬉しいのに、なんだか、胸が痛い……)
ヒュースが柔らかく笑うたびに、甘い言葉を囁いてくるたびに、レイミアの心臓はきゅうっと切なげに音を立てる。
(ヒュース様は、私が言霊聖女だから大事にしてくれているだけなのに。……そう、それだけ、なんだから)
なんだかマイナス方向に意識が向いてしまいそうになったレイミアは、咄嗟にぶんぶんと頭を振った。
ヒュースの内心はどうあれ、せっかく時間を割いてくれたのに、落ち込んでいては申し訳なかったから。
そうしてヒュースに手を取られ、レイミアは馬車に乗り込む。
バリオン森林を越えた先にある街に着いたら適当に買い物をしようというヒュースに頷き、少しずつ今日は楽しもうと気持ちが盛り上がってきたとき。
──ガタン!!
激しい音を立てて、急遽止まった馬車に、レイミアとヒュースはパッと目を見合わせる。
嫁いできた日にも同じようなことが起こったことにレイミアは既視感を感じつつ、咄嗟に馬車から降りようとすると、その手はヒュースによって捕らわれていた。
「レイミアはここで待っていろ。外は危険かもしれない」
「……っ、それならなおのこと私も行かせてください……! 言霊の力は、民や……ヒュース様を守るためにあるのです……!」
「レイミア……」
以前とは違う、レイミアはもう加護なし聖女なんかじゃない。
力強い瞳で見つめてくるレイミアに、ヒュースはふぅ、と息を吐いた。
「分かった。だが私の後ろにいてくれ。大切な君のことを、どうか私に守らせて」
「……っ、はい」
コクリとレイミアが頷くと、ヒュースに手首を掴まれたまま、彼が馬車から降りる。
レイミアもそれに続くと、馬から降りた馭者の姿がそこにはあった。
パッと見たところ魔物の群れに遭遇したわけではないことを確認したヒュースは、馭者に視線を向けた。
「一体何があった」
「そ、それがですね、あそこに……」
「あそこ? ……! あれは──」
馭者が、進行方向の地面を指差す。
レイミアもその方向を見ると、地面に横たわる子供の存在に気づいたのだった。
「ヒュース様……! あの子怪我をしています……!! 早く助けてあげないと……!」
角度からして顔の辺りは見えないが、体の所々から血が出ており、怪我をしているのは明らかだった。もしかしたら魔物に襲われたのかもしれない。
早く屋敷に連れ帰って処置をしないと、 とレイミアはそのことで頭が一杯で、子供のもとまで走り出した。
「……っ、ちょっと待てレイミア!」
必死だったのだろう。ヒュースの制する声はレイミアの耳に届くことはなく、そのままレイミアはしゃがみ込むと子供を覗き込む。
そして、その時気付いてしまったのだ。
「えっ……貴方……っ」
はっきりと見えた、少年の頭から映える黒い角。
それはヒュースやレオ、シュナと同じもので、彼が魔族であることを示していた。
(どうして魔族の少年がこんなところに一人で……いや、今はそんなことを考えている場合じゃ──)
怪我をしているのだから、まず処置をしなければ。
レイミアには治癒の加護は備わっていないので、直ぐ様ヒュースに頼んで少年を屋敷まで運んでもらおうと頼もうとした、そのときだった。
「あんたが……最近この地に来た、聖女、でしょ」
真っ黒の髪に、薄っすらと開かれた紫水晶のような瞳。幼いながらも整っている少年の表情が、痛みからか大きく歪んだ。
「そうよ……! だから安心して……っ、敵じゃないわ……! 怪我をしているから、今はあまり喋らないほうが──」
良い、というレイミアの言葉は、紡がれることはなかった。
少年の手が、ずいとレイミアの首にめがけて伸びてきたから。
「……死ね……っ、聖女……!!」
「…………!?」




