13話 レオは見た、そして聞いた
その瞬間、ヒュースの身体は何に操られたかのように立ち上がると、スタスタとベッドへと向かう。
レイミアは「あっ」と、声を上げてから【靴を脱いでください!】と追加で言霊を使用すると、ヒュースはその指示にも従ってからベッドに入ったのだった。
「レイミア……急に言霊を使うのは……」
「申し訳ございません……!! 後でお叱りならうけますから……!! けれど今は、どうしても休んでいただきたくて……」
レオから、ヒュースにしか出来ない急ぎの仕事はないことは確認済みだ。
先程バリオン森林に出向いたとき、言霊の能力により一定数の魔物が森林の奥深くに帰っていったこともあり、休ませるなら今しかなかったと判断したのだけれと。
(というか待って? 当たり前に使ったけれど、ヒュース様にも言霊が効くってことは、魔物だけじゃなくて魔族にも効果があるってことよね?)
なんて、新たな事実を把握しつつ、レイミアは彼の肩辺りにまでシーツを被せると、深く頭を下げる。
言霊を使って強制的に休ませのだ、いくら優しいヒュースでも、怒っても不思議ではないと、そう思っていたというのに。
ヒュースから紡がれる声は、言葉は、酷く優しいものだった。
「……謝らないでくれ。急なことで少し驚いただけだ」
「怒っていらっしゃらないのですか……?」
「何故怒る必要がある。レイミアは私のことが心配だから、休ませようとしたんだろう? 言霊にこんな使い方があるとは驚いた。ありがとう、レイミア」
「…………っ」
この使い方は昨日、ヒュースをどうにかして休ませたいと思ったときから考えていたものだ。
本来ならば自発的に休むのが良いのだろうが、ヒュースが倒れるよりは良いだろうと、レイミアはそう思ったから。
けれど、まさかお礼まで言われるとは思っていなかったレイミアは驚きを隠せなかった。
「ヒュース様は……お優し過ぎます」
「それは君だろう? 普通、言霊なんて能力を手に入れたら、誰かを休ませるために使うなんて考えもしないだろう。……レイミアが優しい証拠だな。私はこんなに優しい婚約者を持てて幸せ者だ」
「〜〜っ」
そのとき、顔全体にほとばしるような熱を感じたレイミアの胸が、きゅうっと音を立てた。
(何……この感覚……)
ヒュースが優しいのは今に始まったことではないのに、甘い言葉に心臓が反応してしまう。
まるで温かいお湯にずっと浸かっているようなほんわかとした、けれどどこか刺激的なそんな感覚を、レイミアは今まで味わったことはなかった。
(けれど……ヒュース様が私に優しいのは、言霊の加護を持っているから……)
分かっていたはずだというのに、改めてそれを自覚すると、何故か胸がズキリと傷む。
先程とは違ってあまり心地良い感覚ではなく、レイミアが胸の辺りにやった手を思い切り握り締めると、ヒュースが「どうした?」と問いかけてきた。
「いえ、何もありません」
「……本当に? 様子が変だったような気がしたが……」
「本当に大丈夫です……! ヒュース様は私のことは気にせず、目を瞑ってください。急務の際は起こしますから」
「……ああ、分かった」
言霊の力を使って、目を瞑るようにとは命じていないが、今ヒュースはゆっくりと瞼をおろしている。 つまり、彼が自身の意志で休もうと思ってくれたということだ。
(良かった……ヒュース様、休んでくださって……)
先程まで赤かったはずの彼の頬にもう赤みはないが、代わりに直ぐ様規則正しい寝息が聞こえてくる。
(……やっぱり、相当疲れていたのね)
いつものキリリとした瞳が閉じられ、ややあどけなさを感じるヒュースの寝顔は可愛らしい。
こんな機会はあまりないだろうから見ていても良いだろうかと、レイミアは床に膝をついてベッドサイドに顔を乗せるようにもたれかかると、ヒュースの寝顔をじいっと見つめた。
「綺麗なお顔……私、こんな格好良くて優しい人の妻になるんだ……」
そう口に出すと、再び胸がきゅうっと音を立てた。胸がざわつくような、けれども心地良いその感覚が何なのか、レイミアはまだ知らない。
(……ヒュース様の寝顔を見てたら、なんだか……私も……)
出来るだけ平然を装っていたが、自身も体力の限界だったことを、レイミアは今思い出した。
それに加えてヒュースに言霊を使ったのだ。脳は休むようにと司令を出し、ヒュースのベッドに凭れかかっていることもあって、レイミアの瞼はゆっくりと落ちてくる。
(あ……だめ……だめ……なのに……)
そうしてその時、レイミアは意識を手放した。ヒュースと重なるような寝息だけが、部屋に響いた。
◇◇◇
「…………ん……」
ヒュースは目を覚ますと、久しぶりに頭がスッキリしていることに直ぐ様気が付いた。
(ああ、そうか。レイミアが言霊を使って……)
眠る前の出来事を思い出したヒュースは、レイミアの上目遣いの破壊力に悶えそうになりつつ、欲望を押さえつけると上半身を起こす。
使用人を呼んでコーヒーを用意してもらおうか。それから書類仕事を済ませて、レイミアにお礼を言いに行こうか。
なんて考えていたヒュースだったが、偶然そろりと視線を落とした先に見えた人物に、ぽかんと口を開けたのだった。
「レイミアが……どうしてここで眠っているんだ」
「……ん〜……むにゃむにゃ……」
おそらくレイミアも疲れて眠ってしまったのだろう。そこまでは想像出来たヒュースだったが、それと動揺しないことは話が別だ。
寝起きのぼんやりとした思考の中で、好きな女が眠っている姿を見たのだ。いつもならきっちりと閉じている枷が少し外れそうになるのも、致し方なかった。
「……レイミア、こんなに無防備に寝顔を晒して、私が悪い男だったらどうするつもりだ」
レイミアの頭を優しく撫で、髪の毛を一束掬う。
レイミアが決して痛くないように気遣いながら、その髪を自身の口元へ運ぶと、ヒュースそっと彼女の髪の毛に口付けた。
「……好きだ、レイミア」
「おーい……すんごい甘い雰囲気の中悪いんだけどさ」
「…………!」
どうやらレイミアに意識を奪われていたため気付かなかったらしい。
いつの間にやら入室し、ドア付近からこちらを見ているレオを、ヒュースは睨み付けた。
「……いつから部屋に入っていた」
「お前が起きたのと同時くらい? 中々部屋からレイミアちゃんが出てこないから、ヒュースの理性が決壊してあんなことやこんなことがあったらどうしようかと。あ、因みに悪い男だったらのくだりもしっかり聞い──」
「歯を食いしばれよレオ。頬に一発で勘弁してやる」
「全然勘弁になってなくないか!?」
大きな声を出すレオを、ヒュースはギロリと睨み付ける。
レイミアが寝ているだろうがと小声で伝えれば、レオは小さな声で謝罪を漏らした。
それからレイミアを自室に運んでベッドで寝かせた後。どうやってヒュースが休むことになったのかの経緯を聞いたレオは、ヒュースに対して哀れな視線を向けながらも、笑いが止まらなかったという。




