12話 ただし、強制的
それから数時間後。
ヒュースたちと共に帰宅したレイミアは、自室に戻るとシュナに労りの言葉をもらいつつ、服を着替えていた。
バリオン森林に行くことが決まってすぐに汚れても良い服に着替えたのだが、想定よりも早めに帰宅だったため、朝着用していたドレスに再び袖を通すことにしたのだ。
「お務めお疲れ様ございました、レイミア様。実戦はいかがでしたか?」
「ええと、そうね……」
シュナが用意してくれた紅茶からほんのりと湯気が経つ。
ソファに腰を下ろしたレイミアは、ふわりと漂う花の香りにホッとしながら喉を潤すと、やや眉尻を下げながら口を開いた。
「思っていたよりも、言霊の加護が凄いということが分かったわ……」
──数時間前。レイミアは様々な言霊を試した。
昨日と同じく、この場から立ち去れというものや、一旦動きを停止しなさいというもの、他にも飛び跳ねてというものや、喋ってみて、など。
すると、魔物は基本的に言葉を発しないので最後の命令だけは通らなかったものの、他の命令はすんなりと通った。
それも、レイミアが言霊の影響を受けてほしいと意識した魔物たち全個体にだ。
(でも、もっと凄かったのは……)
以前のレイミアは魔物たちに立ち去れという命令しかしなかった。
果たしてそこに時間や場所などの条件を加えてみたら一体どうなるのか。そう思い、色々と試してみたところ。
(全て命令は通ったのよね。ただ、魔物たちを動かしたい場合は指定する場所の距離や、命令の持続時間、複数の魔物か単体の魔物かで、私の魔力の消耗はかなり違ったけれど)
言霊の把握、言霊の使用による魔力の消費量を大方理解できたレイミアは、これでヒュースを含め皆の役に立てると喜んだ。──しかし。
「それは良うこざいました。ですが、そればならば何故そんなに元気がないのですか? お疲れのようならドレスではなく夜着に着替えたほうが……」
「ああ、うん! 大丈夫よ! 屋敷に帰ってきて、こう、安心してゆっくりしているだけだから……!」
「それなら良いのですが、何でも仰ってくださいね」
とは言ったものの、実のところレイミアの体力は限界ギリギリだった。
言霊の加護を使用するのは魔力を使うだけでなく、相当集中力も必要だったのだ。そのため、何となく全身が気怠く、眠ってしまいたかった。
(でも言えないわ……シュナに言ったら、きっとヒュース様に伝わってしまう。……今日の同行は無理をしないことが条件だったんだもの。疲れていることがバレたら、ヒュース様に心配をかけてしまうかもしれないわ。それに……)
優しいヒュースに心配をかけたくなかったこと、それがレイミアが平然を装う一番の理由である。
そしてもう一つ、心配をかけた結果、彼からの期待を失うのが一番怖かったのだ。
言霊聖女でなければ、ここまでヒュースに大切にしてもらえるはずがないのだから。
──コンコン。
「レイミア悪い。ちょっと良いか?」
そんなとき、先程まで一緒だったレオがドアノブを回す。
レイミアは疲れを見せないように笑顔を作ると、入り口で待っているレオの元まで歩いていった。
部屋に入ればよいのにと思ったものの、主人の婚約者の部屋に入るのはいかがなものかと思ったのだろうかとレイミアは推測し、レオは意外と真面目なのかもしれないと思っていると。
「帰ってきたばかりで悪いんだが、一つ仕事を頼まれてくれねぇか?」
「……? はい、何でしょう?」
◇◇◇
ヒュースは大が付くほど真面目だ。責任感が強く、部下が働いている中で自身は休めないという少し頭の硬い部分があるのだが、それでも今までなんとかなってきた。と、いうよりはなんとかしてきたのだ。
日中活動ができるギリギリの睡眠時間で、必要最低限の食事、ここ数年休暇らしい休暇は取らず、民のため、ひいては国のために頑張ってきたヒュース。
しかしレオを含めた側近や城の仲間たちは、そんなヒュースにずっと休むよう言ってきた。いつかは倒れてしまうから、と。
けれどヒュースが首を縦に振ることはなかった。
だから、婚約者であるレイミアに白羽の矢が立ったのだけれど──。
「ヒュース様、失礼いたします」
「レイミア? なぜ君がここに……今日はもうゆっくり休むよう言ったはずだが」
レオにヒュースの部屋に案内されたものの、あまりの生活感のない部屋に驚いたのは数秒前だ。
この部屋には書類仕事と眠るために帰ってくるだけというのが一瞬で理解できたレイミアは、書類仕事をしているのをヒュースの側に駆け寄った。
「レオさんに案内してもらって、お邪魔させていただきました」
「レオが……? あいつめ、勝手なことを」
「もっ、申し訳ございません……!!」
「いや、レイミアには全く怒っていないよ。……どころか顔を見せてくれて嬉しい。それで、何の用だったんだ?」
「それは……そのですね……」
──『どんな手を使っても良いから、ヒュースを休ませてやってくれねぇか?』
レオにそう言われたレイミアが直ぐに了承したのは記憶に新しい。
昨日からレイミアも、ヒュースには休んでほしいと思っていたため、返答に迷うことはなかった、のだけれど。
「少しで良いですから、休憩しませんか……?」
「…………。レオや他の奴から、私が休むよう説得してくれと言われたのか?」
「……そうです。けれど昨日から、私も同じことを思っていました。ヒュース様は働き過ぎだと思います」
嫁いできて二日目でヒュースの仕事のことに口を出すなど、本来ならば有り得ないだろう。
生意気な女だと、調子に乗るなと言われても文句は言えないことだ。けれど、ヒュースがそういう人間ではないことは、この短い時間でも知っているつもりだから。
「ヒュース様の御身体が心配です。少しだけ……休んではくださいませんか?」
──『レイミアちゃんが上目遣いで頼めば、あいつは言う事聞くよ』
そんなレオの言葉通り、レイミアは上目遣いで懇願する。
(こんなことで、本当にヒュース様は休んでくだされるのかしら)
これが好きな相手ならば、可愛くて仕方がない妹ならば、ヒュースだって頷くだろうけれど。
「……っ」
(あら? なんだかヒュース様、顔が赤い……?)
ヒュースはレイミアからパッと目を逸らし、口元を覆い隠している。
薄っすらと赤みを帯びた頬はちらりと窺い知ることができたものの、レイミアはその理由を瞬時に理解することは出来なかった。
「ヒュース様? どうかされました?」
「……不意打ちは、やめてくれないか」
「不意打ち?」
ヒュースの言葉の意味が理解できなかったレイミアは、うーんと頭を捻る。
しかし不意打ちに繋がるような言動は思い浮かばなかったレイミアは、それよりも頬が赤いことの方が重要ではと頭を切り替えると、とある考えが頭を過ぎったのだった。
「ヒュース様、もしかして熱があるのでは?」
「…………。ん?」
「きっとそうです……! 疲れが溜まると熱が出るときがありますし、やっぱり休んでいただかなくては……!」
「いやレイミア……これは──」
レオに頼まれたからというのもあるが、体調が悪いヒュースをこれ以上働かせるなんて出来ない。かくなる上は──と、レイミアは肺に一杯の空気を吸い込む。
そうして、何かを話そうとするヒュースの言葉を遮ったのは、レイミアの魔力が込められた言葉だった。
【とにかく休んでーー!! 早くベッドで横になってくださいーーっ!!】




