10話 神殿長の落雷
その頃、ポルゴア大神殿のとある部屋にて。
「アドリエンヌどういうことだ! 何故加護なしのレイミアを勝手に嫁がせた!?」
ポルゴア大神殿の最高責任者である神殿長──ボブマフは、アドリエンヌを呼び出すと大声を上げた。
彼の瞳には怒りと焦りが孕んでおり、アドリエンヌは呼び出された理由は疎か、こんなふうに怒声を浴びせられる覚えなんて一切なかったので、何度か目を瞬かせると。
「神殿長、何をそんなに怒っていますの? 一応あの子も聖女ですわよ? 加護なしだけれど、ぷぷっ」
そう言って、アドリエンヌは楽しそうに笑って見せる。怒る神殿長に臆することなく、自身に非など欠片もあるはずがないというように。
そんなアドリエンヌの姿に、今度は神殿長が目を瞬かせた。
「そこまで……そこまで愚かだったか……」
「はあ?」
神殿長はここ数日、各地に祈祷に出ていた。アドリエンヌがそのタイミングで勝手にレイミアに嫁ぐよう指示をしたのも事実だ。
いくら侯爵家の娘であり、大聖女と呼ばれるアドリエンヌだとしても、神殿長がいれば全てが思い通りとまでいかないことを彼女は分かっていたからだ。
しかし、結果的に嫁ぎ話を受け入れたのはレイミアである。
それに、王命は『聖女』であれば誰でも良いというものだったはず。
(加護なし聖女の分際で嫁いできたレイミアを、公爵はどうするかしら? 相当怒るかしら? それとも、魔物の住処に捨て置くかしら? ぷぷっ。なんて言ったって冷酷だと噂されて、あの悍ましい魔族の血が入った公爵のことだもの)
レイミアがどんな扱いをされるかはさておき、アドリエンヌは後ろ指をさされるようなことをした覚えはなかった。
だから、自信満々に目端と口角をつり上げたままでいると、神殿長が神殿内に聞こえるのではないかというくらいに大きなため息を漏らす。
頭を抱えるその姿に、神殿長も歳かしらなんて思っていたアドリエンヌだったが、次の神殿長の言葉に目を見開くことになるだなんて、思いもよらなかったのだ。
「アドリエンヌ……お前が昔からおつむが弱いことは分かっていたが……ここまでとは……」
「な、何ですって……!!」
「公爵領はこの国でも重要な土地だ! そこの領主である公爵の妻にと送った聖女が加護なしだと陛下にバレたら……お前は王命違反で即牢屋だぞ!!」
「は?」
ぽかん、とアドリエンヌの口が開いた。
神殿長の言葉が、ただの音のようにして耳に入って来たから。
理解が追いつかず、見開いたアドリエンヌの瞳が瞬きを忘れたように開眼し続けている。
「私も神殿長として責任を取らねばならなくなるかもしれない!! どうしてくれるんだ!」
眉間に深く皺を刻み、唾を飛ばしながら怒号を飛ばす神殿長。
その唾がぴしゃっとアドリエンヌの頬に当たるものの、彼女はそれどころではなかった。
(加護なしのレイミアじゃなくて、大聖女の私が牢屋行きに……?)
──約九年前。アドリエンヌは、レイミアが加護の紋章が浮かび上がる約一年ほど前に神殿に引き取られた。
加護の紋章が浮かび上がって直ぐに加護も発動し、元々魔力量が多かったこともあって、神殿内のアドリエンヌの扱いはその他の聖女と比べて優遇されていった。
とはいえ、神殿での暮らしは生家である侯爵家での生活に比べると質は劣る。部屋も、食事も、身の回りの世話をしてくれる使用人たちの質も数も、基本的に全て。
アドリエンヌからしてみれば、それは端的にいって不満だった。聖女だと言われてもてはやされても、着実にストレスが溜まっていったのだ。
そんなときだった。レイミアが新たな未来の聖女として、神殿に引き取られて来たのは。
(そんなの、あっていいはずがないわ……! なんで加護なしのあの子じゃなくて私が……!!)
暫くしても加護が目覚めないレイミアに、アドリエンヌは目をつけた。ストレスのはけ口としては、これ以上ない人材だったから。
奥歯をギリリと噛みしめるアドリエンヌに、ボブマフは怒りを隠すことなく捲し立てる。
「こっ、この件は私が居ない間に起こったことだ! もし罰が下るなら……アドリエンヌ──お前だけが悪いのだと陛下に直訴するからそのつもりでいなさい!!」
「……!? はあ!? 私は大聖女と呼ばれていますのよ!? その私に罪を被せるだなんて……この神殿の威厳が地に落ちますわよ!?」
「罪を被せるも何も、現にお前が勝手にやったことだろう!!」
ふぅーふぅーと鼻息を荒くするボブマフに、アドリエンヌは拳を握りしめた。
(どうしたら良いの……このままでは私一人が悪者になってしまう可能性が……って、そうだわ!)
どうして早く気付かなかったのだろう。対応策は、こんなに簡単だったというのに。
「……ねぇ、神殿長。レイミアを連れ戻して、代わりに他の聖女を公爵に宛てがえば全て解決すると思いません? この神殿にいる聖女は今、何かしらの加護が発動しているわけだし」
「それはそうだが……レイミアが一旦嫁いだ事実はどうするんだ?」
「そんなの簡単ですわ。レイミアの独断行動だと言ってしまえば良いのです。加護がないのに勝手なことをしたレイミアを、神殿側が責任を持って連れ戻しに来たと。そのときに本来嫁ぐはずだったと言って別の聖女を置いてきたら良いのですわ」
アドリエンヌの提案にボブマフは先程とは一転して上機嫌に「名案だ」と言って見せる。
アドリエンヌに全ての罪を被せるとは言っておきながらも、なんだかんだボブマフも自身の身も危うくなることも、大聖女が罰されることでの神殿へのダメージも理解できているのだろう。
(レイミアが加護なしだとバレていなければ、代わりのものを寄越せば万事解決。バレていたら、全てレイミアの独断だと言ってしまえば良い。最悪陛下にレイミアのことが伝わってしまったとしても、その場合も罪はレイミアに被せれば良いのだし)
なんて、アドリエンヌは色々と思考を巡らせていたのだけれど。
──そう、このときアドリエンヌは知らなかったのだ。
レイミアの加護が目覚めたことも、それが世界で唯一の言霊の加護だということも。
ヒュースが心からレイミアを求め、そして既に愛してしまっていたことも。
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