7話 「悪魔をこっそり召喚してみよう」
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魔女「朝十時。メルウの奴はまだ来ていない」
少女「ティアお姉ちゃんがすっごく笑ってる!」
魔女「これはチャンスよ、大チャンスなのよ!」
少女「すごく燃えてるねティアお姉ちゃん!」
魔女「今のうちに凶悪な悪魔を召喚して、アイツを悔しがらせてやるわ!」
少女「バックに炎が見えるよティアお姉ちゃん!」
魔女「さっそくやるわよ! 『汝は野に巣くう魔性の獣。人心を惑わす蠱惑を此処に!』」
??「きゅ~ん」
少女「……可愛いウサギが出たよティアお姉ちゃん!」
魔女「わたしって本当に才能ないわ……」
少女「鎮火が早すぎるよティアお姉ちゃん!」
2******
魔女「……わたし、召喚魔法が苦手なのよ」
少女「自覚があるのにあんな盛り上がってあんな落ち込んだんだ……」
魔女「久しぶりだったから上手くいくと思ったのに……他の魔法はどれも得意なのにどうしてなのかしら? オリジナル呪文も毎日ちゃんと考えてるのよ?」
少女「結果を見ればウサギを召喚したいようにしか思えなくなったね」
魔女「誰がウサギなんて! こんんあのちょっと可愛いだけで魔術的には役立たずじゃない! 何よちょっと可愛いくらいで! ちょっと可愛いからって……! ちょっと……ちょっと……」
少女「…………」
ウサ「きゅ~ん」
魔女「…………」
少女「…………」
魔女「ねえ、お洋服とか着せたりしたらもっと可愛いと思わない?」
少女「そういうこっそりメルヘンチックなところを悪魔に悟られてるんじゃないかな?」
3******
魔女「とりあえず心機一転を兼ねて、魔法でウサギ用のミニチュア服を編んでみたわ」
少女「へー、普通に可愛いね。そんな器用なテクニックがあったんだ」
魔女「今さら何を言ってんのよ。アンタの替えの服も全部わたしが作ったのよ?」
少女「……このひらひらのスカートやふわふわの帽子を? こんな可愛らしいものが作れるなら、まず自分の真っ黒なこわい格好をどうにかしようよ」
魔女「仕方ないじゃない。魔女の正装よ。魔法を使うときはこっちの方が格好良いし」
少女「まあ気に入ってるならいいけどさ」
魔女「それに冬はこの通り、黒ローブの中はピンクのモコモコニットだから可愛さも完璧よ!」
少女「趣味が取っ散らかりすぎて全部台無しなような……悪趣味だよ」
魔女「覗きを趣味と公言してる奴に趣味が悪いなんて言われるとは思わなかったわ」
4******
魔女「仕上げも上出来だし、それじゃあさっそく着せてみるわよ」
少女「あ、それがねティアお姉ちゃん――」
ウサ「きゅ~ん……」
魔女「――あれ? 消え、た……?」
少女「悪魔にはほど遠い魑魅魍魎のたぐいだから……人界に居続けられるほどの力がなかったみたい」
魔女「そう……それは、仕方がないわね……」
少女「うん。ティアお姉ちゃんが召喚魔法を頑張っていけば、また会えるときがくるよ! それより、今日はちゃんとした悪魔を召喚できるようにがんばろう!」
魔女「おなか痛いから今日はもうムリ……」
少女「そんなにメンタル弱かったっけ?」
5******
少女「ティアお姉ちゃんの元気がなくなってつまんないから、メルウお姉ちゃんのことを覗こうと思う」
魔女「そうね……お昼になっても家に来ないなんて異常だわ。ちょっと心配だから様子を見ましょう」
少女「ティアお姉ちゃんがメルウお姉ちゃんの心配をするなんて……重症だなあ」
魔女「どう? 何してるのアイツ」
少女「うーんとねー。なんだろう、牛に乗ってるよ。楽しそうに」
魔女「……まあ、プライベートでアイツが何をしようが知ったこっちゃないけど」
少女「少し前は何をしていたかも見てみるね」
魔女「そんなことができるのその双眼鏡?」
少女「この双眼鏡は雰囲気作りで、あたしの力だよ。これでも悪魔だからね。今は魔力が足りなくてほんの少し前までしか無理だけど」
魔女「悪魔ってやっぱすごいのね。で、何してたのアイツ?」
少女「ええとねー。すごい勢いで木を切ってたみたい。ノコギリですごくいい笑顔だよ」
魔女「本当に何してんのよアイツ!?」
6******
魔女「ぐだぐだ落ち込んでいられないわ。さっさととんでもなく恐ろしい悪魔を召喚してやらないと!」
少女「なんだかふわっとした目標だけど、どのくらい恐ろしいの?」
魔女「メルウがビビって家に寄り付かなくなるくらいのヤツよ!」
少女「あのねティアお姉ちゃん。悪魔って言っても無理難題を押しつけられると困るんだよ?」
魔女「なに言ってんの。いくら聖女っても、悪魔が人間一人に怖じ気付いてどうすんのよ」
少女「聖女とか人間以前に、メルウお姉ちゃんだよ? バベルの塔並の高すぎるハードルなんて崩れる運命しかないんだから、おとなしく基礎からやろう?」
魔女「…………そうね。わたしが悪かったわ……」
少女「言ったあたしにもよくわからないナゾ説得力だぜ」
7******
少女「ティアお姉ちゃんはね。まずオリジナル呪文をやめたらいいと思うの。魔力は大きいんだから、それで十分すごい悪魔を召喚できるよ」
魔女「……誰かが作った呪文をマネるだなんて格好悪いじゃない」
少女「それで召喚できないほうがずっとカッコ悪いよ」
魔女「つらいから子どもが正論振りかざすのやめてくれない……?」
少女「子どもってそんなもんだよ。それにあたしは悪魔だし」
魔女「……わかったわよ。ちゃんと教科書通りにやってやろうじゃない。やればできるってとこを見せてやるわよ!」
少女「さすがティアお姉ちゃん! やるときはやる女! 大魔女ベテラン魔女!」
魔女「…………ねえ、振り付けはオリジナルでも大丈夫かしら?」
少女「知ってた? 召喚魔法に振り付けなんて必要ないんだよ」
8******
少女「それじゃあやってみようか、ティアお姉ちゃん!」
魔女「……『召喚』………………」
少女「小声すぎて聞こえないよ。テンション低いなあ」
魔女「こんなダサいの、拒絶反応で心停止しなかっただけでも褒めてほしいわよ」
少女「人間ってそんなことで心臓が止まる生き物だったっけ? ――あ、来たみたいだよ」
悪魔「――――!! ――――!!」
魔女「――何よこれ! 体中、目玉だらけの大猿……!? すごい魔力のクセにめちゃくちゃ気持ち悪いんですけど!! しかもなんか殺気立ってる!」
少女「あ……こいつあたしが魔界で飼ってるペットだ。強いけど、悪魔じゃなくて魔物の一種だよ。失敗だね」
魔女「やっぱりわたしはダメな奴なんだわ!」
少女「ティアお姉ちゃんって結構めんどくさいよね」
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魔女「……ねえフェル。この気持ち悪い猿。わたしどころかアンタにまでめちゃくちゃ殺気飛ばしてない?」
少女「そりゃそうだよ。魔界にいたときのあたしとは姿も魔力も違いすぎるからね。人間に懐くような気性でもないし……あたしたち二人ともダメかも」
魔女「簡単に言ってんじゃないわよ! 一大事じゃない!」
少女「あたしは死んでも一時的なものだし。もしかしたら魔界に帰れるかもだし?」
魔女「急に冷たいわねアンタ!」
少女「なんだかティアお姉ちゃんもともお別れみたいだから。最後くらいは悪魔っぽくいこうかなって。礼儀的に」
魔女「そんな意味不明な気遣いいらないから! あ、ほらもう来るじゃない!!」
聖女「聖女ストリームウィップデストロイ!!」
魔女「急に出てきたわねアンタ!? なんなのよ!」
少女「わーすごい。オメメルンルンが一鞭でやられちゃった」
魔女「この猿そんなかわ気持ち悪い名前なの!?」
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魔女「ふう。アンタのおかげで助かったわメルウ。そこはありがとうね。……で? 何でタイミングよくわたしの家に来れたのよ?」
聖女「誰にでも素直にお礼が言えるのはティアの素敵なところですよね!」
魔女「お礼を言った相手に面と向かってそう返されると、からかわれてる気しかしないってわかってる? いえ、わかって言ってんのよねアンタは」
聖女「今日はお土産を持ってきました! 庭に用意しております!」
少女「……なんだろう……小屋?」
聖女「はい、私お手製のウサギ小屋です! 雨風をしのげる木組造り、ふかふかの牧草じゅうたん! 子孫繁栄を尊んで、百羽に増えても暮らせる大規模設計です! とっても頑張っちゃいました!」
魔女「大きすぎるわよ! ――って、ちょっと待ちなさい」
聖女「そしてそして! こちらが悲しくも消えてしまったウサギのうーちゃんです! やっぱりペットの名前は単純な方が可愛いですよね!」
魔女「どうしてアンタがそのことを知ってんのよ。まさかアンタ、フェルみたいにわたしたちを覗いてたんじゃあ……!」
聖女「そんな聖女らしくないことはしません。失礼ですよティア」
魔女「……それじゃあ、どうしてアンタがウサギのことを知ってるか説明しなさいよ」
聖女「最近開発した占星術で今日のティアの行動を占ったからですよ、えへん!」
魔女「それは魔女のやることでしょ!」
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魔女「メルウ。せっかくで悪いけど、このウサギは帰してあげてちょうだい」
聖女「いいんですか?」
少女「どうしたのティアお姉ちゃん? あんなに可愛がってたのに。っていうか今もだっこして可愛がってるのに」
魔女「……だって、この子弱すぎるわ。いくらメルウの魔力で現世に留めていても、つらそうじゃない」
ウサ「きゅ~ん……」
少女「ティアお姉ちゃん……そういうとこ魔女っぽくないよね」
聖女「ふふ。私はティアがそう言うと思っていましたよ。うーちゃんはあなたが抱くと三分で帰るようにしておきましたので、安心して別れを済ませてください」
少女「占いってそんな細かいとこまでわかるんだね」
聖女「いいえ。これは占いではありません。私がティアをよく知っているというだけの話です」
少女「さすがだねメルウお姉ちゃん。でもそれじゃあ、どうして小屋なんかまで用意したの?」
聖女「趣味です(ティアを混乱させるのが)」
少女「ああーーー」
魔女「何かを察した目をするのはやめて!」




