5話 「なんかきた(前編)」
1******
聖女「召喚召喚、今日も楽しく悪魔を召喚しましょうっと!」
悪魔「私を呼んだのは貴女ですか……?」
聖女「はい、メルウです! 仲良くしましょうね!」
悪魔「そうですか。貴女は私を見てどう思います?」
聖女「うーん……鳥、ですかね?」
悪魔「白い羽根、黄色いくちばし、真っ赤なトサカ。これぞ鳥類の頂点の姿。今日も私のフォルムは完璧ですね!」
聖女「…………」
悪魔「久しぶりの人界です。今度こそ私の夢、全人類の鳥化を実現させる時がきました!」
聖女「……鳥化」
悪魔「私を召喚した貴女、感謝します。共に鳥の楽園を目指しましょう! あ、タマゴどうぞ。お近付きのしるしです。新鮮ホヤホヤですよ」
聖女「聖女ウィップアタック!!」
悪魔「アフン! 羽根が飛んでっちゃう!」
2******
聖女「…………」
魔女「あらメルウ、おはよう。今日はずいぶんおとなしい登場じゃない」
聖女「……おはようございます」
魔女「いつもそんな、生贄にされそうになってぷるぷる震えてる小さな仔犬みたいな態度でいたらいいのにね」
少女「具体性のわりに可愛らしい姿しか想像できないよティアお姉ちゃん」
魔女「フェル、アンタはまずポーチドエッグをちゃんと残さず食べなさい。それで、メルウ。アンタが手に持ってるそのグッタリしたニワトリは何なのよ?」
聖女「これはですね……」
悪魔「こんにちは、魔女さん」
魔女「しゃべった!?」
悪魔「この美しいトサカとくちばしを見てください。素晴らしいでしょ? ああ、羽根は少し傷んでしまったので少々お待ちを。これがいずれ貴女たちがなる鳥の姿です。そう、鳥。みんな鳥になる鳥にしてやる鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥鳥コケッ――」
魔女「本当に何なのよコイツ!?」
3******
聖女「すみません……鞭が強すぎてちょっと調子を悪くしたようです」
魔女「ウザい奴がもっとウザい奴を連れてきたのかと焦ったわ」
悪魔「ご迷惑をおかけしました。もう大丈夫です。私は人界に降り立った鳥の頂点。いずれ貴女たちの長となる者です。よろしく崇めてください。お近付きの新鮮タマゴをどうぞ」
魔女「いやコイツ落ち着いてもウザさ聖女級だわ!」
少女「悪魔みたいだよ。匂いがあたしと同類」
魔女「まあ、しゃべるニワトリなんて悪魔くらいでしょうしね」
聖女「いま庭で召喚した新鮮なやつです……」
魔女「アンタはせめて挨拶くらいしてから召喚しなさいよ」
少女「召喚自体はもういいんだ」
4******
魔女「で、アンタはなんで機嫌悪いのよ」
聖女「むう……わかります?」
魔女「最悪なことに付き合いだけは長いからね」
聖女「ありがとうございますティア。聞いてください、私の悩み」
魔女「マイク渡された売れない歌手みたいな語り出しやめて貰えない?」
聖女「今回の悪魔、私と少しキャラが被ってる気がするんです!」
魔女「いやまあ……確かにウザいとこは似てるかもだけど。あんなニワトリと同じって認めちゃうの?」
聖女「もっとキャラに磨きをかけないと!」
魔女「悪魔との張り合い方間違ってるから! 聖女的に!」
5******
聖女「聖女の心得その一。悪魔を見るときは豚を見るような目で」
悪魔「私は崇高なる鳥です」
聖女「聖女の心得その二。悪魔をいたぶるときはほどほどに」
悪魔「鉄鍋で肉をほろほろに炒めるのが得意です」
聖女「聖女の心得その三。悪魔は誰の心にもいるものとする」
悪魔「ああ、また私の内なる鳥が……鳥性が……コケコーッ!」
聖女「……悔しい!」
魔女「何が!?」
6******
魔女「ったく。悪魔なのか鳥なのかハッキリなさいよね」
悪魔「とりくまです」
魔女「混ぜてどうなるもんじゃないからね?」
悪魔「もしくはアトリとお呼びください。もちろん、カタカナ読みで」
魔女「ちょっと格好付けてるんじゃないわよ!」
聖女「うう、この自由な振る舞い。まさしく鳥です……」
悪魔「そう、鳥は究極の生物です。何者も敵うはずがありません。ああ、鳥。鳥、鳥鳥……ふへへ。ヨダレ出ちゃう」
少女「ねえ、あたしと同類って言ったのそろそろ取り消していい?」
7******
悪魔「失礼しました。久しぶりの人界に少々浮かれてしまっているようです」
魔女「浮かれてるというか、イカれてるんじゃない?」
少女「わあ、ティアお姉ちゃんがいつになく厳しい態度!」
魔女「ふふん。鳥しか居ない世界とかふざけるんじゃないっての。そんなのお断りよ!」
悪魔「まあまあそういきり立たずに。このタマゴでも食べて落ち着いてください」
魔女「さっきからタマゴタマゴって……アンタ《ニワトリ》が勧めるのはダメでしょ」
悪魔「絶品ですよ? 精神鍛錬も兼ねて、割ると断末魔の悲鳴をあげます。ほらこの通り」
玉子「命ばかりはお助けを!」
少女「ねえ、あたしもうポーチドエッグ食べたくない」
8******
悪魔「『ある日、タマゴは意気軒昂に立ち上がりました。私には使命がある。それは品質の高い最上のタマゴになること』」
悪魔「『私が、美味しくて栄養価も高いタマゴになれば、この農場の評判も上がる。そして、素晴らしいタマゴを産んだ鳥として、お母さんも長生きができるはず』」
悪魔「『タマゴの努力が始まりました。負担の激しい高エネルギーのエサを取り入れ、香りを強めようとリンゴの海に飛び込みます。 はあ、はあ……く、まだよ。私はまだやれるわ! その身を包む殻よりも何倍も固い決意で、タマゴはどんどんと自分を高めていきました』」
悪魔「『さて。一つ間違えれば割れて商品価値がなくなってしまうという危険な挑戦。それを次々にくぐり抜けていくタマゴを支える者がいました。フィアンセのタマオです』」
悪魔「『タマオはとても献身的でした。 タマゴさん、今日もよく頑張ったね。ほら、超衝撃吸収素材タマゴワレーンを使ったベッドを用意したんだ。 タマオさん。ありがとう……でもダメよ。こんな高価なものは受け取れないわ。 いいんだ。情けないことに、頑張っている君に僕ができることは、このくらいしかない。せめて、君が体を休めている間の助けくらいはさせてほしい。 タマオさん……。 二人は仲睦まじく愛を育んでいきました』」
悪魔「『しかし運命は時に残酷です。タマゴの夢は美味しいタマゴになること。つまり、何があってもその先には消費者に食べられる未来が待っているのです。ゆで卵、オムレツ、茶碗蒸し。ひょっとしたら納豆に和えられるのかもしれません。いずれにせよ、別れの時は近付いていました』」
悪魔「『最後の工程、殻の色付けを終え、タマゴはついに最高品質のタマゴになりました。過酷な試練を越えたにも関わらず、体にはヒビの一つもないとても美しいものでした。そして、いよいよ出荷という前日の夜のことです。タマゴはタマオを夜の公園に呼び出します』」
悪魔「『無言でブランコを漕いで三十分、言葉を探せども探せども、二人ともが何も見つけられずに、時間だけが無情に過ぎていきます。 ……タマオさん。 ……うん。 ……なんでもない。今日は顔を見れてよかったわ。来てくれてありがとう……。 とうとう秘めた思いを何一つ伝えられないまま。二人は静かに農場へと戻りました』」
悪魔「『その後は一度も言葉を交わすことなく。タマゴは丁重に扱われて出荷されました。誰もが驚かずにはいられない品質の高さで、タマゴ界の歴史に刻まれるほどの高値を付けて』」
悪魔「『これで農場はかつての賑わいを取り戻すでしょう。タマゴの夢は叶ったのです。タマゴは喜びました。本当に嬉しかったのです。こんな自分でも、お母さんの力になることができた。これ以上の幸せはない、と』」
悪魔「『生まれてすぐに持てた夢、がむしゃらに走った日々、ずっと心配してくれていた母。そして、いつも隣で支えてくれていたタマオ。振り返れば、とても充実していて、なんと恵まれた一生だったのだろうと思います』」
悪魔「『たとえ死がすぐそばにまで迫っていたとしても、不満なんてあるわけがありません。ただ、一つ。ただ一つだけ心残りがあるとすれば。 ……タマオさん。私の気持ち、ちゃんとあなたに伝えたかったな……。 臆病だったあの日の後悔を胸に。タマゴは自嘲気味な笑みを浮かべてから、ゆっくりと目を閉じ、静かな眠りへとつくのでした』」
魔女「…………」
悪魔「…………」
魔女「…………」
悪魔「さあ、食べてください」
魔女「食べられないわよ!」




