【おとぎの国の物語】「魔女狩り」
夜の森は、静かな闇に包まれます。
涼やかな風が吹き、昼間には気が付かなかったような小さな虫たちの声が聞こえてきます。木々を渡るネズミやリスの足音も、もしかすると聞こえるかもしれません。月が出ていれば青白いほのかな光に草木の影が浮かび上がります。
けれども私の眼下には、まっかな輝きが見えていました。鳥たちが逃げ惑う、激しい泣き声も聞こえます。
森は、燃えているのでした。赤い炎からは、真っ黒い煙が立ち上っています。
上空にいる私にも、森の燃えるにおいと熱が届きました。半ば意識を失っていた私の頭を、その匂いと熱が、はっきりとさせてくれました。
私は何者かの太い腕に抱きかかえられ、燃え盛る森の上を飛んでいるのでした。
ついさっきまで、私はあの燃え盛る炎の中心にいたはずなのに。
首をひねって私を抱いている何者かを見上げると、恐ろしい形相に捻じれた二本の角を金灰色の頭髪から生やした魔物でした。大きな漆黒の翼が空に輝く星々を覆い隠しています。
頭を殴られ、ぼんやりとしていた記憶が、次第に蘇ります。
どうして森が燃やされているのか、どうして私が気を失ってしまったのかも、思い出しました。
魔女狩りです。
武装した兵隊と、近くに住む村人たちが、私と魔法使いのおばあさんの住む家を襲ったのです。
おばあさんに縄がかけられ、助けようとした私は頭を殴られ気を失ったのでした。
「戻って、お願い……」
私の小さな震える声に、魔物は気が付いてくれました。
「無理だ」
地の底から聞こえるような低く重たい声色でした。
「お願い、戻って……森に、戻って! お願いよ!」
身を乗り出した私をしっかり捕まえようとしたのでしょう。魔物の爪が私の肩に食い込みました。
思わず「いたい!」と身を固くすると、魔物の力が少しだけ抜けました。
「おばあさんがいるのよ。戻って!」
孤児の私をここまで育ててくれた魔法使いのおばあさんです。
「そのばあさんからの頼みだ」
そういえばここ数か月、おばあさんは私に隠れて誰かと会っているようでした。
私が街に出かけて戻ってくると、お客様用のカップが出ていることが何度かありました。
おばあさんは私に言いました。
『人前で魔法を使っちゃいけないよ』
おばあさんほどではありませんでしたが、私にも小さな魔法を使うことができました。
それに、おばあさんが薬草や魔力の強い場所や物の見つけ方を教えてくれたりもしました。
『最近鉄の国からやってきたお妃さまは、魔法使いが大嫌いなんだそうだよ。鉄の国に近い東では魔女狩りが盛んにおこなわれているらしいよ。この西の森にも、いつお妃さまからの手が伸びてくるかもしれないんだからね。お前が魔法を使えないと思われていれば、このばあさんと暮らしていても、命まではとられないだろうさ』
魔法使いに連れ去られたかわいそうな女の子だと思われるかもしれないね、なんて、高笑いをしていました。
今まで仲良くしてくれていた村人たちも、森の奥にあるおばあさんの家を訪ねてくることが、どんどん少なくなりました。
きな臭い。と、おばあさんが言ったのは、つい二、三日前のことです。
私は自分でも気が付かないうちに魔物の腕の中で大暴れをしていました。
「もう、ばあさんは生きちゃいねえ」
風が、耳元を強く吹き抜けていきました。
魔物が大きく羽ばたいたのです。
地上の熱ももう届きません。
「うるさい! 戻れ! もどって! まだ生きてる!」
わかっています。魔物と私、どちらが正しいのか。
それでもその時の私は、あがくことをやめませんでした。
すると面倒くさそうに、魔物が言いました。
「それほどまでに悲しいのなら、忘れちまえ」
魔物が私を抱えていないほうの手で、私の目をふさぎました。
意識が遠のきそうになりましたが、私は必死に叫びました。
「いやー! やめて。忘れない!」
「ならば黙れ!」
私は唇をかみしめて、漏れる嗚咽と闘いました。
そうして朝日が出る頃に、ようやく私は魔物の腕から降ろされたのでした。





