45/59
花言葉ものがたりより「紫陽花」
「おや奥様、一足違い」
もぬけの殻の社長室。秘書が、胡散臭い笑顔で私を出迎えた。
「待っててって言ったのに」
「わがままを言っちゃあいけません、大事な会議があったのです」
「で? 私はスケベジジイと一緒に食事をすればいいのね?」
夫の大事な取引先とやらの。
「佐奈さん……」
「なによ?」
「いえ、よく社長に本性を見破られずにいると思って」
「あなたにはわかってるっていうわけ?」
横目で睨んだのに、男に怯んだ様子はない。
まあ『ご主人さま、お帰りなさいませぇ』なんて台詞を吐いていた頃の私を知っているのだから仕方がない。そのうえ私は、夫と付き合い出すまで、この男の所有物だった。
「アンタといると、気分が悪くなる。行くわ」
踵を返した背中に「素敵なネイルですね」と、男が声をかけてくる。
「紫陽花よ。きれいでしょう。私の大好きな花なの」
男に向かって手を突き出すと、彼は恭しく爪先に唇を寄せた。
「たしかにあなたにぴったりですね。移り気、浮気……そして毒がある」
私は頷きながら男ににっこりと微笑んでみせた。
<了>





