第85話 イメチェンにも限度があるだろ
「オレ様をバイトとして雇ってくれ!」
唯一のアルバイトを解雇し、猫の手も借りたい状態の俺のもとにやってきたのは、昇格試験のときに一緒だったAランク探索者の田中正憲だった。
朝から晩まで超高速で動き続け、最後のお客さんが帰った閉店後。
ようやく一息ついたものの、これから片付けや明日の仕込みをしなければと再び気合を入れ直そうとしたとき、いきなり店に入ってきたのである。
「こう見えて接客のバイト経験があるんだぜ!」
と力強く本人は主張してくるが、頭は銀色だし、耳と唇にはピアスがぶら下がっているし、顔にはタトゥーが彫ってある。
どう考えても接客業には向かない人種だ。
「ありがたい申し出だが、探索者として活動しながら大学にも通ってるんだろう? こんな店でバイトなんてしている暇はないはずだ。大したバイト代も出せないしな」
この男、筑波の方に住んでいるそうだが、実はこの見た目で筑波大学の学生らしい。
「ヒャハハハッ、大学の方は心配ねぇよ! 今3年生だが、もう単位はほとんど取り終えちまったからな!」
「……その見た目で真面目なのか」
俺なんて四回生になった時点で、まだ卒業に必要な単位の半分近くも残ってたんだが?
最後の一年はダンジョン探索に講義に本当に大変だったな……。
「卒業後は探索者としてやっていくつもりだし、就活は必要ねぇ。だからいくらでも融通は利くぜ!」
ちなみに大学生ということもあって、今はフリーの探索者だとか。
この若さでAランク探索者にまで到達するのは逸材中の逸材で、この見た目なのに色んな所から声がかかっているそうだ。就職先は選び放題だろう。
「あー、はっきり言わせてもらおう。正直、その見た目じゃうちでは働かせることはできない。君が見た目の割に音は真面目だというのは理解しているが、お客さんはそんなこと知らないからな。……もしちゃんと接客向きの恰好に戻すというなら話は別だが」
「ヒャハハハッ、もちろんイメチェンするに決まってんだろ!」
「そうだろう、そういう恰好の人なんて、強いこだわりがあってその恰好をしているわけだからな。バイトのためごときで改めるはずが……え? 今、なんて?」
「もちろんイメチェンさせてもらうぜ! 師匠の言う通り、こんな見た目で接客業なんてできるわけねぇからな!」
マジで?
予想外すぎる返答に戸惑いまくる俺を余所に、田中正憲は店を出ていく。
そして翌日の開店前だった。
「おはようございます!」
「……え?」
準備中の店に入ってきたのは、物腰の柔らかそうな好青年だ。
「お客さん、まだ開店前なんですよ」
「ははは、お客さんじゃないですよ、師匠。僕です、僕」
「師匠? ま、まさか……」
俺のことを師匠と呼び、爽やかな笑顔を見せる謎の好青年。
心当たりは一人しかいないが、あまりの違いにすぐには信じられなかった。
「はい、僕です。田中正憲です。どうですか? これならこのお店でアルバイトできますよね?」
「いや別人すぎだろ!?」
思わず叫んでしまう。
髪色が銀から黒になり、ピアスを外し、服装も一般的なものになっているところまでは理解の範疇だろう。
だがあれだけ顔に彫ってあったタトゥーが奇麗さっぱり消えて、何より言葉遣いや態度すらすっかり改まっているのだ。
一人称なんて「オレ様」から「僕」になってるし……。
「え、本当にあの田中正憲!? さ、さすがに違うよな? そうだ、ぜったい別人だろ! 俺を揶揄ってるな!」
「本人ですよ、本人。えっと、この格好でやるのは恥ずかしいですけど……」
少し照れたように笑ってから、自称・田中正憲の表情が一変する。
「ヒャハハハッ、オレ様に決まってんだろうが!」
「あ、本人だ」
俺が納得すると、すぐに表情が元に戻って頬を赤らめる。
「……し、信じていただけたようでよかったです。この姿だと、やっぱりあれは恥ずかしくて……」
「そうなのか」
「僕、元々の性格はこんな感じでして……大学進学を機に内気な自分の殻どうにか破りたいなって思って、イメチェンしたんです」
「イメチェンにも限度があるだろ」
そうしたら性格や喋り方までもが一変してしまったらしい。
ただ、元の姿に戻るとこんなふうに元の性格に戻ってしまうそうだ。
「タトゥーはどうしたんだ?」
「あれは隠蔽系のスキルで隠しました」
俺の店でアルバイトをするために、ここまでしてくれるとは……。
「分かった。そこまでの意欲を見せられたら、むしろこっちからお願いしたいくらいだよ」
「ほんとですか!? やった!」
「だが、うちの店は忙しいぞ?」
「分かってます! 何度かこっそり食べに来たことありますし! 忙しそうだったので声はかけなかったですけど」
この子、良いやつ過ぎん……?
そうして早速この日から働いてくれるようになった。
「ウニ丼!」
「ハンバーグ!」
「イカ定食!」
「グリルチキン!」
「ウニ!」
「バナナカレーを!」
「ジンギスカン!」
「唐揚げ!」
「イカ!」
「お魚定食!」
相変わらず凄まじい勢いで殺到する注文。
それに合わせて俺がどんどん料理を作ってカウンターに出していくと、
「お待たせしました! ご注文のウニ丼定食でございます!」
「お待たせしました! ご注文のハンバーグ定食でございます!」
「お待たせしました! ご注文のイカ定食でございます!」
「お待たせしました! ご注文のグリルチキン定食でございます!」
「お待たせしました! ご注文のウニ定食でございます!」
「お待たせしました! ご注文のバナナカレー定食でございます!」
「お待たせしました! ご注文のジンギスカン定食でございます!」
「お待たせしました! ご注文のキングサハギンの唐揚げでございます!」
「お待たせしました! ご注文のイカ定食でございます!」
「お待たせしました! ご注文のお魚定食でございます!」
か、完璧だ……。
「カニ定食はもうないの?」
「はい、そちらは終了した期間限定メニューでございまして」
「マジか……それ狙いで来たのに」
「申し訳ございません。代わりに現在、イカ定食とウニ丼定食をご提供しております。こちらも食材が切れるまでの期間限定となっておりまして、特にウニ丼は大人気のため数日中にはいったん終了となる見込みです」
「じゃあウニ丼にする!」
「ご注文ありがとうございます」
しかもお客さん対応まで問題なくこなしている。
うーん、これは普通に最高の即戦力。
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