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第12話 しゃぼんだま


 もう夜だ。さすがに冷えてきた。

 降り続く雨の中、腰の違和感から時折異様な揺れ方をしながら自分の家に戻ったおれは、こういう時にくだらない時間を使った自分に腹を立てつつ、木崎さんと怜子さんがいるであろう隣家に向かう。


 ドアを開けて中に入ると、ジャージを羽織ってうずくまっている怜子さんが目に入り、おれは、どこか。あの、大丈夫ですか?と声を掛けた。


「わたし、は。でも、上に、木崎さんが」

 怜子さんは顔を上げずに答える。


「あいつの、一緒に来た男ことって何か知ってます?能力、とか」


 膝に顔をうずめたまま首を振る怜子さんを見たおれは、いくつかの感情が芽生えたたが、とりあえず待っていて下さい。と言い残し靴を履いたまま2階に上がった。



 静かだな。服が重くなる程度全身ずぶ濡れ状態のおれは、タオルで顔だけは拭きたいという気持ちを押し殺して、音を立てないようゆっくり階段を上っていると、踊り場に衣類と思われる布が被さった何かを見つけた。


 ん?……ん?血?というか肉……?


 なぜこんなところに肉片が?おれは気になったが、とりあえず木崎さんを確認することを優先しそのまま足を進めると、先程2人で監視をしていた部屋のドアが不意に開き出てきた木崎さんと目が合う。


「二司君、よかった……。こっちに来るのさっき見えたから」

「ああ。でも、それ」

 おれは残りの数段を上ってTシャツとジャージ姿の木崎さんの前に立ち、血が付いている大腿部周辺を指す。


「ああ。これはわたしじゃない。さっきの男」

「え、ああ。え?さっきの男って」

「大丈夫。もう大丈夫」

 木崎さんはそう言っておれを部屋に入るよう促し、逆の手でドアを開ける。


 大丈夫ってどういう。木崎さんに続いて部屋に入ると、窓際で倒れている男と赤く染まった床、カーテンが、カーテン→男→床の順で目に入った。


「こいつって、死んでる?」

「多分」

 マツザキの傍に立ったおれの横に木崎さんは並んだ。


 これは死んでるな。しかしすげえ出血、というか。おれはマツザキの体の異変に気が付いた。


「木崎さん。こいつの体って」


 マツザキの体は左肩と首の一部が抜け落ちており左腕が皮膚だけで体と繋がっている状態で、室内にある血の匂いも合わさっておれは少し吐き気を催した。


「わたしの能力。こいつが自分の肩を触ったとき」

「そっか、階段の所にちぎれた部分があったよ。じゃあ触れたものを転移とかそういう能力だったのか」

「そうなのかな。今となってはよくわからないけど。ねえ、二司君知ってた?こいつら集団で動いてるみたいだよ」

「そうみたいだな。なんかおれの方でも会話の中でその感じが。あ、これ」


 おれは落ちていた銃を手に取り端末で画像検索すると、都道府県警察で使用されている回転式の拳銃であると思われ、またここ数か月で使用方法が相当数動画投稿されていたので、おれはいくつかの動画を倍速で観て共通している点を確認した。


「ねえ、二司君。ちょっと話の途中なんだけど」

「ごめん。おれ銃の使い方わからなくて。先に調べておいたほうがいいかなって」

「それは後でお願い。さっきこいつと一緒にいた足ばかは?」

「足ばか、ね。死んだよ」

「それは二司君が?」

 

 いくつかの選択肢の中から迷った結果、これはかなり絵的にきついけどやらざるを得ないと判断し、おれはジーンズと腹の間に拳銃をねじ込み、端末をポケットに入れる。


「おれだ。これも後で言うけど本当にぎりぎりだった。結果的になんとか逃げられる状態ではあったんだけど、足ばかとこいつの仲間が来る可能性を考えるとやらざるを得なかった」

「マツザキが言ってたよ。紫のワゴンがおれたちの目印だって」

「わかりやくていいね。よし、とりあえずここを離れよう。紫のワゴンが来るかもしれない」

 おれは腹部を触り銃の感覚を確かめる。


「そうだね。あ、でも緊急用のリュック。あれだけは持って行きたい」

「あれね。何かあった時用の」


 おれと木崎さんは有事に備えて必要と思われる荷物、木崎さんの眼鏡とコンタクトは2人で分け、その他ライト、端末のバッテリー、非常食、コンパス、大量のライター、防寒用の上着等を、若干無人島感があるなあ、うん、わかる。と言い合いながら用意していた。


「視力の確保は絶対必要だし。あとバッテリーとかも」

「わかった。急ごう」

「あ、確認」

 部屋を出ようとしたおれの手を木崎さんが掴む。


「今度同じようなことがあったらどうする?」

「襲われたらってこと?おれはやるよ」

 木崎さんと怜子さんのためにも。という理由を言うのはさすがにちょっときつい。と感じたおれはその部分を伏せておいた。


「じゃあ、仮に」

 木崎さんはおれの手を握ったまま続ける。


 相手が無抵抗の場合は?きついな。基本殺意というかそういうのがないと。

 じゃあ相手が殺意を持った子どもの場合は?きついな。

 相手が殺意を持った中学生ぐらいは?きついな。

 相手が殺意を持った高校生ぐらいは?……場合によってはやるな。

 相手が殺意を持った成人女性なら?やるな。

 相手が殺意を持った高齢者なら?やるな。

 相手が殺意を持っているが傷を負っていたら?やるな。

 相手が自分の意志ではない感じの殺意は?確認できないからやるな。

 相手が他人を守るためにこちらに殺意は?こっちも同じだからやるな。

 

 よかった。そうつぶやいた木崎さんはおれの手握ったまま部屋を出るように促す。


「大体わたしと同じだ」


 結局時と場合によるけど。おれは思ったが木崎さんが納得しているようだったので何も言わなかった。


「あとさ。人を殺して、どう?っていうのも違うけど。その、しんどくない?」

「そうだな」

 これいつまで手を。おれは気まずくなり始めているのを自覚し、一旦手を離そうとしたが、やっぱりこの状況でそれは違うと、逆に緩く握り返した。


「普通の、っていうか能力前ならあったんだろうけど、数千万人が消えたとか、鉄が水になるとか、いきなり蹴られたとか、怜子さんのこととか、いろんな要因があって割と受け入れられてるよ。要は、おれは自分の行動を正当化できてしまってる」


 正当化ね。木崎さんはそうつぶやいた後、おれの手を放す。


「うん、わかった。わたしもそうする。じゃあ下に。高橋さんも待たせてるし」

「怜子さんの服もいるな。今羽織ってるの木崎さんの上着でしょ?」

「そう。わたしも結構寒い」

「とりあえずおれも着替えたいよ」


 そうなんだよ。おれは着替えたい。まあでも着替えたいっていうか、そのTシャツ。

 

 おれは両手で二の腕をさする木崎さんが着ている、「しゃぼんだま」と手書き風で書かれた文字が全面にプリントされているTシャツが気になったが、今は気にしなくてもいいや、と判断し、腹部の銃を確かめてから部屋を出た。


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